ソーシャルアクションラボ

2022.10.26

再生回数は85万回 動画配信だけでは終わらない南島原市の公式YouTubeチャンネル

長崎県の南部、島原半島に位置する南島原市には、歴史的な場所が数多く残る。キリスト教弾圧に端を発した「島原・天草一揆」の終焉の地である「原城跡」(世界文化遺産・国指定史跡文化財)。雲仙・普賢岳噴火による火砕流で被害に遭った家屋を保存した「土石流被災家屋保存公園」。土地の物語を伝える貴重な場所ばかりだ。そんな同市の公式YouTubeチャンネルは、「物語の力」を活用した動画が並ぶ。自治体が制作した動画としては異例の再生回数を誇る、同市の動画戦略の秘密に迫る。

南島原市の公式YouTubeチャンネルのトップページ(同市公式YouTubeチャンネルより)

ストーリー重視の動画

「『島原手延そうめん』の中に『南』って少し入れてほしいですよね」。南島原市の特産品、島原手延そうめんの製麺所をリポーターが訪れ、慣れた様子でインタビューを進める。動画が流れるスタジオの司会者が、タイミングよく突っ込みを入れる。同市のローカル情報番組「突撃!南島原情報局」は、終始和やかな雰囲気で進行していく。ところが、製麺所のスタッフがそうめんを振る舞おうとした際、肝心のそうめんが見当たらない。番組サイドの機転を効かせた判断により、番組は同市で活躍する人物を取り上げるコーナーに移った。そのコーナーでは同市役所職員が紹介されたが、後に製麺所のトラブルと職員がつながっていく−−。

一見、よく見かけるローカル番組の進行である。しかし、実はトラブルも含めてすべて台本通り。同市の公式YouTubeチャンネルで配信されている同番組は、ローカル番組のテイストを取り入れたドラマ仕立てとなっているのだ。

原城跡を紹介するCMが挟まれるなど、ローカル番組の「あるある」を取り入れながらドラマは進行していく。番組には人気女優の満島ひかりさんも出演。その独特な雰囲気が話題となり、再生回数は85万回を超えている(2022年6月27日時点)。「世界が認めた原城跡。もうちょっと有名になりたいんだよ」という動画内での満島ひかりさんのセリフにも表れているように、動画制作の目的は市の認知拡大。85万回という再生回数は、動画制作が目的達成に大きく貢献しているといえよう。

南島原市の公式YouTubeチャンネルで配信されている「突撃!南島原情報局」の一場面(同市公式YouTubeチャンネルより、画像クリックで動画再生ページ)

「自治体でアピールできる部分をそのまま伝えるのではなく、ストーリー仕立てで伝えることを意識しています」。同市総務秘書課秘書広報班の細波(さいは)雄太さんは、動画制作のポイントについてこう説明する。

同市がストーリーを取り入れた動画を配信するのは、これが初めてではない。17年には実在の人物をモデルにした約8分のショートフィルム「夢」を制作。60万回再生(同時点)を達成し、米アカデミー公認の国際短編映画祭ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2018では、観光映像大賞(観光庁長官賞)を受賞した。19年には約30分のストーリー動画「記憶の灯(あかし)」も配信し、40万回再生(同時点)と、いずれの動画でも驚異的な再生回数を誇る。

観光映像大賞を受賞したショートフィルム「夢」の一場面(同市公式YouTubeチャンネルより、画像クリックで動画再生ページ)

それぞれの動画で共通している特徴は、高いクオリティーと、同市の特産品や景色を随所で映し出している点だ。プロポーザルで制作業者を選定しているが、決して「丸投げ」ではない。動画の目的とターゲットを市が設定した上で発注。ストーリーの構成以降を制作業者任せている。

一般的に、自治体が発信する動画などのコンテンツは、慎重な表現になりがちだ。しかし同市では、「振り切った内容でないと印象には残らない」(細波さん)との考えから、制作業者から提案されたストーリーにできるだけ口を出さないように心掛けているという。食べ物や観光地などのPRポイントさえ押さえていれば、ストーリーはプロに任せた方が結果につながるとの考えからだ。

細波さんは「とがった内容を配信しようと思うのならば、ある程度の批判の声は覚悟しなければならないでしょう」と言い切る。ストーリーテリングコンテンツでは、市内にある景色や特産品などをピンポイントで丁寧に紹介するわけではない。「自治体の動画としてふさわしくないのではないか」という声も覚悟していたが、配信後は良好な反応が多かった。細波さんは「南島原市全体の良さを感じ取っていただいた方が多いのではないか」と分析する。

「記憶の灯」の一場面。コメント欄には好意的なコメントが寄せられている(同市公式YouTubeチャンネルより、画像クリックで動画再生ページ)

目的とターゲットありきの動画戦略

動画戦略について説明する同市総務秘書課秘書広報班の細波雄太さん(筆者撮影)

次々とストーリーコンテンツを配信し、多くの再生回数を稼いでいる同市だが、公式YouTubeチャンネルを立ち上げた当初はストーリーに力を入れているわけではなかった。当初の動画を見てみると、観光名所や特産品そのものを前面に出した動画になっている。

転機となったのは、16年度の総合的シティプロモーション推進事業の立ち上げだった。同事業ではシティプロモーションを推進するにあたり、「来訪者の増加」「シビックプライドの醸成」「知名度・認知の向上」という明確な目的を設定。目的達成のため、動画でストーリーを伝えることになった。細波さんは「以前と現在の動画の違いは目的がはっきりしているかいないかの違いにあると思います」と説明する。

同市の動画が多くの再生回数を達成できている要因は、目的だけでなく、ターゲットを「九州圏に住む消費の意欲が高い30~40代のファミリー層」と明確にしていることにある。細波さんは「目的やターゲットがはっきりしていないと、動画の内容がどうしてもぼやけてしまう」と説明する。

例えば、「突撃!南島原情報局」では、目的を「SNSで広めてもらい、南島原の認知度を上げること」「認知度を上げて、動画のスポットに聖地巡礼のような形で訪れてもらうこと」とした。SNSで動画について発信するほか、九州エリアで動画についてのCMを放送するなどした。結果、原城跡や島原手延そうめんへの問い合わせが増えるなど、再生回数だけでなく当初の目的達成にもつながっているという。

また、同市の公式YouTubeチャンネルには、ストーリー形式でない動画もある。例えば、手延そうめんをミュージックビデオ風にPRする「マイメンいつメン島原手延そうめん」は96万回再生されるなど、一見風変わりな動画の反応も良好だ。

96万回再生されている動画「マイメンいつメン島原手延そうめん」の一場面(同市公式YouTubeチャンネルより、画像クリックで動画再生ページ)

この動画にしても、目的は「ふるさと納税の呼びかけ」、ターゲットは「関東圏在住」とそれぞれ定めている。動画は関東圏でCMとしても放送されており、「そうめんを食べてみたい」という問い合わせが増えたり、ふるさと納税への効果があったりと、成果につながっているという。

YouTubeで動画を配信する利点として、細波さんは「リアルな反応をコメントで知ることができる点だ」と強調する。雑誌広告に出稿することはあっても、効果は数字でしか見えない。しかし、数字の量的データだけでなく、コメントという質的データを収集することで、次の企画に生かすことができる。

動画をどう来訪につなげていくか

細波さんは今後の課題として、「動画をどう市への来訪者増に結び付けていくか」という点を挙げた。再生回数は伸びているものの、新型コロナの影響もあり、実際の来訪者の増加には十分につながっていないという。

観光客を増やすために現在検討しているのが、「動画の多方面への活用」だ。どれだけ再生数を稼いだとしても、配信した動画はそのまま放置されがちだ。「もっと動画を活用できる場面はあるのではないか。施策の継続性、連続性という部分ではまだ課題があると思う」と細波さんは語る。

一つの活用方法として、同市では「突撃!南島原情報局」と同時に同名の市公式アプリを配信した。アプリでは同市の観光情報が掲載されているほか、クーポンなども配信している。動画配信から約1年経過した現在もアプリのコンテンツは更新されており、配信後の動画の活用方法の模索が続いている。

「突撃!南島原情報局」と同時に配信されたアプリの画面(同市配信のアプリ「南島原情報局」より)

自治体の常識を覆すような動画を発信し続ける南島原市。今後の展開が注目される。

(取材を終えて)動画に限らず、コンテンツを制作において目的やターゲットがぶれてしまう例は枚挙にいとまがない。その点、同市の動画戦略は基本をしっかりと押さえている。だからこそ、動画の再生回数も伸び、同市の知名度向上に結び付いているのだろう。実際に観光客に足を運んでもらうため、今後は動画に基づいた「体験」をどれだけ提供できるかがカギを握る。