ソーシャルアクションラボ

2022.10.26

島根県の「美肌県」戦略 県内の周遊促す仕組み作り

年齢問わず「美肌」に関心がある人は多い。美しい肌を追い求める人の「聖地」となるべく、島根県では「美肌県しまね」と銘打ち、PR戦略を進めている。島根は日本海側に位置し、晴れの日が比較的少ない。気候的には観光には不向きに思えるが、その特徴を逆手に取った情報発信により、新たな観光需要の創出に取り組んでいる。取り組みから、「特定の場所やモノをアピールしない観光戦略」のあり方が見えてきた。

PRサイト「うるおい研究室」のトップページ

「平成の大遷宮」「ご縁の国」に続く観光戦略として打ち出す

島根県の一大観光スポットといえば、まず出雲大社(同県出雲市)が挙がる。平成20~31年にかけて実施された「平成の大遷宮」は、多くの観光客を呼び込んだ。また、「縁結びの聖地」として知られていることもあり、県として「ご縁の国」というキャッチコピーでPRを続けてきた。

「『平成の大遷宮』『ご縁の国』に続く観光戦略の次の一手が欲しかった」と話すのは、県商工労働部観光振興課の青木悟課長だ。平成から令和へ時代が進むのと時を同じくして、「美肌県しまね」の取り組みも動き始めたという。

なぜ、美肌をテーマにしたのか。その理由は、大手化粧品会社であるPOLAが2012年から実施しているキャンペーン「美肌県グランプリ」にある。キャンペーンは、同社が持つ1910万件(同社ホームページより、2021年1月現在)の肌データをもとに、「水分量部門」「コラーゲン部門」などの複数の部門で各都道府県の「美肌度」を評価するものだ。島根県は第1回開催からの4年連続を含む、計5度グランプリを獲得。年間を通して日照時間が短いことや湿度が高いこと、そして県内60カ所以上で天然温泉が湧きあがっている温泉地であることなどが美肌の要因だとされている。

「美肌県しまね」の取り組みについて話す県商工労働部観光振興課の青木悟課長

「美肌県」として舵を切った島根。しかし「出雲大社という分かりやすい何かがあったこれまでのPRと違い、特定のモノがない『美肌県』についてどのように発信していくかという点で苦労した」との青木課長の言葉の通り、発信方法やコンテンツについてはこれまで以上に工夫が求められることとなった。

ターゲットに沿ったメッセージ発信

取り組みを進めるにあたっての想定ターゲットは「30代中盤から40代後半の、ある程度金銭的に余裕のある女性」だ。青木課長は「島根は交通の便が良くはない。移動にそれなりにお金がかかってしまう。そのことを勘案してのターゲット設定です」と解説する。「ご縁の国」として打ち出していたことで、もともと想定ターゲット層の観光客が訪れていたことも、設定の背景だ。

しっかりとターゲットを設定することで、広報手段のトーンも定まってくる。例えば、県内の宿泊施設などに設置されているPR用のコンセプトブックに登場するのは、ターゲット層に近い女性だ。全体の雰囲気も、ターゲットに刺さりやすいものだといえるだろう。

「美肌県しまね」コンセプトブック

また、情報発信についてはSNSや県観光連盟が運営するPRサイト「うるおい研究室」を活用している。サイト内では、単に美肌効果が期待できる温泉を紹介するのではなく、普段のライフスタイルの悩みからおすすめの温泉や旅行のモデルコースを動画で紹介するページを設けている。「温泉や食といった資源はどこの自治体も持っており、差別化が難しい。旅に美肌の観点で物語を付けることを意識している」と青木課長は話す。

「うるおい研究室」では、ほかにも県内観光地の観光レポートや美肌をテーマにした食材の紹介記事を公開しており、コンテンツの種類と数は豊富だ。いずれも「都会に少し疲れた人の癒しの場」「身体の内外がきれいになる場」という切り口でコンテンツを制作している。

PRサイト「うるおい研究室」。ライフスタイルの悩みからおすすめの温泉やモデルコースを動画で紹介する

「美容や健康に関する情報を含めて発信しているため、コンテンツの表現には細心の注意を払っている。また、エビデンスが重要になってきます」。青木課長が強調するように、県はPOLAと共同で、県内にある温泉の成分が肌にどのような影響を与えるのか調査・研究を実施した。具体的な効能については県観光連盟が運営する「しまね観光ナビ」にて紹介している特設サイト「温泉×肌サイエンス」で公表している。青木課長は「美肌に特化して温泉成分を調査した事例は日本では他にないのではないか」と胸を張る。

「美肌」をテーマとしたコンテンツ作り

情報発信に力を入れ観光客を呼び込めたとしても、現地で美肌が意識された体験がなければリピーターは生まれないだろう。そこで、県では美肌に関するコンテンツ作りに取り組む事業者に対して補助金を出し、できるだけ多くのステークホルダー(利害関係者)を生もうと取り組んでいる。

例えば、2020年度から美肌をテーマにした宿泊プランや施設作りを行う県内の宿泊事業者に、上限1000万円で補助金を交付している。また、2021年度からは宿泊事業者以外の飲食店や観光施設などの、美肌に関する体験コンテンツ作りについても補助の対象となった(2022年度は上限150万円)。2021年度までで計22事業者が交付の対象となり、「日本酒風呂の美肌体験」や、温泉街が一体となって取り組む「手湯」や「顔湯(吸引湯)」の設置、美肌にこだわったメニュー開発など、コンテンツは充実しつつある。

美肌をテーマにした宿泊プランや施設作りに補助金を交付。一例であるRITA出雲平田酒持田蔵の日本酒風呂(島根県提供)

同課観光宣伝グループの主任、渡部晴喜さんは「多くの事業者を巻き込むことで県内の周遊につながる」と取り組みの意義について説明する。これまで出雲大社付近の集客はできていた。今後は、広いエリアでの周遊を目論む。

広報戦略について話す同課観光宣伝グループの主任、渡部晴喜さん

前述の通り、「美肌県」は象徴となるモノがなく、施策がぶれてしまいがちだ。その点についても、渡部さんは「県がコンテンツ作りに関わることで各施設での施策のぶれを防ぐことができる」と話す。

渡部さんによると、コロナの影響により、PRが滞ってしまった部分もあるという。しかし、受け入れの土台を整えてきた。2022年度は広島や岡山のタウン情報誌に特集を組んでもらったほか、首都圏でPRイベントを開催するなど、美肌県の認知度向上施策に力を入れ始めている。今後も認知獲得のため情報発信を強化していく方針だ。

事業者ごとの温度差にどう対応していくか

「事業者の間での『美肌県』の認知度は上がってきたと感じています」。同課誘客推進グループ主任の岡詩織さんはそう話す。補助金事業を始めた当初は県側から事業者側に呼びかけていたが、最近では事業者から問い合わせがあることも増えてきた。

順調に思える美肌県の取り組みだが、反省点もあったという。県で一体となって取り組んでいくため、当初は地域エリアごとで事業者の支援を進めようとしていた。しかし「こちらからエリア全体を巻き込んでいく難しさを感じた」(岡さん)。今では方針を転換し、現在のように事業者を募る方式に変更した。岡さんは「美肌をテーマにした取り組みで成功した事業者がいれば、自然と周りに波及していくはず」と期待を寄せる。

取り組みについて振り返る同課誘客推進グループ主任の岡詩織さん

美肌県の取り組みは、まだ動き始めたばかりだ。「美肌県しまね」が全国的に定着していくのか、今後の動向が注目される。

(取材を終えて)ターゲット設定や美肌県としてPRするためのコンテンツなど、PRの素地はできあがっている。今後の焦点は、県内外での認知度の向上だ。県内では、旅行関係者など業界関係者への認知は広まっている。自分の住んでいる地域が「美肌県」であるという誇り、いわゆる県民の「シビックプライド」の醸成がカギを握る。県民が美肌県の取り組みの誇りを持つことで、SNSや口コミなどで自然と県外に向けて発信してくれる。そのような好循環を生み出せるか注目される。