2022.10.26
「武雄ブランド」制定の武雄市 考え続けるまちづくり
1300年の歴史がある武雄温泉を有する佐賀県武雄市は2018年、新しいキャッチコピーと公式ロゴを制作した。22年の西九州新幹線開業に合わせ、周辺への観光の拠点となる「西九州のハブ都市」となるべく、これから市が目指していく姿を形として表そうと「武雄ブランド」の制定を目指した。ブランドの目印となるキャッチコピーと公式ロゴの制作にあたり大切にしたのは、市民参加型で作り上げていくこと。同市のキャッチコピーである「それ、武雄が始めます。」には、「おもしろいこと」「新しいこと」など、さまざまなことを市民が始めていくという思いが込められている。
シビックプライド醸成のためのプロジェクトを始める
「武雄が西九州のハブ都市を目指していくにあたり、何か旗印のようなものが必要だという思いから始まった取り組みでした」。同市こども教育部生涯学習課武内公民館所属の古賀浩紀さんは、武雄ブランド制定の取り組みが始まった経緯について説明する。当時、古賀さんは同市シティプロモーション室に所属していた。同室が立ち上がったのは、16年4月。「シティプロモーションという名のもと、全国の自治体でさまざまな活動が活発化していた頃です」と話す。
同室が立ち上がった当初は、「そもそもシティプロモーションとは何か」というところから始まった。「(PR手法として)動画が流行している」と聞いては、武雄の魅力をテーマにした一般公募の動画コンテストを開催するなど、「他の自治体より目立つには」という思いのもと模索を続けた。
他自治体のシティプロモーション施策についての視察も同時に進めていたが、視察の中で同室として目指す方向性が見えてきたという。それは、「まずは市民が自分のまちを好きになる・誇りに思う心(シビックプライド)を高めよう」というものだった。「市民がまちの魅力に気づき、まちを好きになり、まちを盛り上げる。その魅力を市民自らが外に発信する。そうすれば自然と外から人が集まるのではないかと考えた」と古賀さんは視察で得た学びを説明する。
まずは前身のキャッチコピーとなる「私はたけ推し!」を作り、武雄の魅力を発信するプロジェクトを開始。プロジェクト専用の公式インスタグラムを開設し、ハッシュタグ「#たけ推し」で市民の発信してもらうなどの取り組みを進めた。
大切にした「市民参加型」
「イベントという形での盛り上げは続けていたものの、やはり将来像の目標となる旗印の必要性を感じていました」と語る古賀さん。18年に入り、武雄の魅力や目指すまちの姿を分かりやすく表現した「武雄ブランド構築事業」を進める事となる。武雄ブランド構築で大切にしたのは、「市役所だけで決めるのではなく、市民と一緒につくり上げる」という姿勢だ。
市民の意見を取り入れるため、キャッチコピーの制作にあたっては市民参加型のワークショップを全3回実施。講師・ファシリテーターにプロのコピーライターを招き、幅広い市民にワークショップへの参加を呼びかけた。「『幅広い市民を』という部分が大変でした」と古賀さんは振り返る。
市民参加型のワークショップや意見を聞く場を設けることは、市民の意見を取り入れる上で極めて重要だ。一方で、参加者の顔ぶれが固定化されがちである点は、否定できない。古賀さんは、これまで接点がなかった市民にも参加してもらいたいと考えた。市内の小中高校に声をかけることはもちろん、知り合いを通じて声をかけたり、ワークショップ運営メンバーや参加した市民の個人のつながりをたどったりしながら参加者を集めていった。結果、学生だけでなく、飲食店の店員や旅行関係者、焼き物の関係者など、さまざまなバックグラウンドを持つ市民が各回約30~40人参加することとなった。
ワークショップ全3回のテーマは「武雄を知る・聞く・話す」「武雄の将来を想像しよう」「武雄の目指す姿をカタチにしよう」。市民が武雄の「いいところ」「気がかりなところ」「あったらいいな」「こんなことができるといいな」を出し合い、改めて自分の住むまちについて考えてもらった。
「いいところ」としては「人の温かさ」「図書館が民間の書店とコラボしているなど、新しいことに積極的」といった意見が出た。意見を集約すると、「新しいものを取り入れようとする気質はある一方、変わらないものを大切にする保守的な一面もある」といった武雄市民の気質が見えてきた。集約した意見を参考に、講師がキャッチコピーを複数提案。ワークショップに参加した市民から一番好評を得た「それ、武雄が始めます。」が選ばれた。古賀さんは「参加者の皆さんの熱量が高く、とても良い雰囲気で進んでいきました」と当時を振り返る。
キャッチコピー決定後、キャッチコピーをより身近によりわかりやすく伝えるために「公式ロゴ」の公募も開始。403作品の中から「武雄市ブランドロゴ決定総選挙!」と銘打って一般投票を実施し、人差し指を上に向けた人の顔をモチーフにしたロゴに決定した。総投票数は7864票。ロゴを見た子どもたちからは「これ、僕も投票した」という反応があるなど、ロゴのPRも兼ねた手法として一定の成果を出せたという。
市民が自分のまちを知り、誇りに思う。そして、市民の思いが外にも広がっていく。新しい武雄が動き始めた。
キャッチコピーや公式ロゴをどう生かしていくか
武雄ブランド、すなわち今後の同市のあるべき姿の指針が決まり、後は市民が実際に行動するという段階に入った。公式ロゴとキャッチコピーは市の許可があれば、誰でも使用できる。キャッチコピーの「武雄」の部分を企業や店舗の名前にすることで、武雄のために自分たちができることを宣言する仕組みを採用した。古賀さんは「自治体が何かやってくれるのではなく、市民の方が主体的に何かを取り組むきっかけになればと思いました」と公式ロゴに込めた思いを説明する。
今でもロゴの使用許可の申請はあるというが、「市民一人ひとりが自ら何かに挑戦したいと思えるような仕掛けが今後も必要」と強調する。
浸透のために、ピンバッジなどのグッズ展開を進めた。また、外部のファシリテーターに依頼して市民参加型のワークショップを再度実施し、活用のための理論を学んだ。しかし、「なかなか『このロゴを行動としてどう生かしていくか』というところまでは落とし込めなかった。思いと行動をどう結び付けるかというところでの難しさを感じた」と古賀さんは説明する。
公式ロゴとキャッチコピーに関する事業に終わりはない。これからの武雄をつくる取り組みは今後も続いていくという。
重要な外部の協力者との相性
一連の施策を振り返り、古賀さんが痛感したのは「外部の協力者と自治体との相性を考える重要性」だ。プロポーザルなどで外部の協力者を選定するとしても、プロポーザルの評価項目に「相性」という項目があることはほぼ無い。外部の協力者を選ぶ時に、どういう点に注目し、決まった後はどう連携していけば良いのか。古賀さんによると、武雄ブランドに関する施策を進める上で次のような事が見えてきたという。
・自治体の事をどれだけ調べているか。また、知ろうという姿勢があるか
・魅力的な取り組み実績があるか、また、結果を残しているか
・担当者と密な連絡・連携を取れる体制づくりができているか
そのほか、自治体の担当者としては以下のような心構えが必要だと感じたという。
・プロだからといって何でもかんでも丸投げすると、期待した結果にならないことがある
・密にコミュニケーションを取り、一緒に考えていくという姿勢が重要
古賀さんは「何を実行するにしても担当者の熱量が必要不可欠です。その熱量に応えて伴走してくれる外部協力者に出会えるかというのは本当に重要だと思う」と力を込めた。少人数で問題にあたっても、多様な意見は出てこない。多くの意見を取り入れるからこそ良い施策が実行できる。だからこそ、「意見の交通整理役」を務める外部の人間が重要になってくるというわけだ。
古賀さんは公式ロゴとキャッチコピーについて「『キャッチコピーがあったから新しい事を始めました』という声が市民から出てきてくれれば」と話す。武雄が新しい船出の出発点になる。そんなまちの姿を目指し、今後も挑戦は続いていく。
(取材を終えて)市民参加を大切にする武雄市。シビックプライドを醸成するという観点でも、他自治体にとって参考になる部分は多いだろう。一方で、前述の通り今後焦点となってくるのはキャッチコピーとロゴの活用法だ。「どんな市民にロゴを使ってほしいのか」「ロゴを使った市民がどういう状態になるのが理想か」といったところから、市民に実際に行動してもらう仕組みを設計する必要があるかもしれない。
エディター、コンテンツマーケティングコンサルタント。産経新聞記者、人材採用広告会社の営業を経て、クマベイスに入社。クライアントワークにあたるとともに、コンテンツマーケティングやコンテンツ戦略の海外事例を研究する。熊本県出身