ソーシャルアクションラボ

2022.10.26

思い切ったターゲット変更と連携強化 山形市が進めるアフターコロナの新観光戦略とは

2020年からの新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの自治体が観光戦略の見直しを迫られた。東日本有数の温泉地・蔵王温泉がある山形市も、そんな自治体の一つだ。新型コロナの影響で観光客が大幅に減少するなか、アフターコロナを見据えた施策を実施。他自治体との連携を強化しながら、観光客のターゲットを見直し、施設の改修といったハード面での施策を実施している。観光と同時に力を入れているのが、移住促進だ。2022年度に移住促進専門の係を立ち上げた同市のアフターコロナの戦略とは何か。

移住促進の切り札となる文化施設「やまがたクリエイティブシティセンターQ1(キューイチ)」のイメージ図(同市提供)

新型コロナの影響で観光客が半減

同市の中心街は、山形城を中心に神社仏閣が多く点在する。主な観光地の一つである蔵王温泉にはスキー場もあり、JR山形駅から車で30分とアクセスにも優れる。新型コロナ禍となる前には、40代以上を中心に多くの団体客が同市を訪れ、18年度の観光客数は約300万人に上った。

状況が一変したのは19年度末ごろ。新型コロナの影響が広がり始めたのだ。「かなり厳しい状況でした」と同市観光戦略課の佐藤哲也課長は振り返る。観光客はみるみる減っていき、20年度は約155万人、21年度は約160万人と、コロナ前の水準から半減した。

観光戦略について語る同市観光戦略課の佐藤哲也課長

新型コロナの影響が顕在化したのは、インバウンド強化の施策を実施しようとした矢先のことだった。「元々インバウンドでは山形も含めて東北全体が出遅れていた」と佐藤課長が説明するように、同市もコロナ前から外国人観光客の呼び込みに苦戦していた。原因として佐藤課長は「個人観光客に対する情報発信が弱かった」と分析する。同市が誘致に注力してきたのは主に団体客だった。旅行業界の関係者が集う旅行博覧会の出展や、旅行会社を訪問するといった施策を取ってきたために、個人の外国人観光客へ情報発信できずにいたのだ。「SNSの活用などにもっと目を向けるべきだった」と佐藤課長は振り返る。

近隣の仙台市や福島市などとともに、東北全体で外国人観光客の誘致に向けて協力体制を取ろうとした矢先の新型コロナ禍。予定していた施策は軒並み中止となり、観光戦略の軌道修正を迫られることとなった。山形市が導き出した答えは、「個人客」と「近隣自治体との連携強化」。アフターコロナを見据えた観光戦略のキーワードとして掲げた。

アフターコロナを見据えたターゲットシフトと連携強化

まず取り組んだのは、思い切ったターゲットの見直しだ。これまでは団体客が主なターゲットだったが、新たに個人客のファミリー層を主たるターゲットとして設定。ファミリー層が訪れやすい観光地を目指すことにした。ファミリー向けの観光地へとシフトするため、蔵王温泉の旅館整備に着手。観光庁の補助金も活用しながら、ワーケーションやグランピングに適した施設とするべく、改修を進めている。佐藤課長は「今後は蔵王温泉が生まれ変わりつつあることを積極的にPRし、一度来てもらったお客様に再訪してもらえるような取り組みも進めていきたい」と力を込める。

個人向けの観光客を呼び込もうと改修された蔵王温泉のホテルの客室。和室から洋室に改築した(山形市提供)
屋上にグランピング施設を整備したホテルもある(山形市提供)

ターゲットの見直しと同時に進めているのが、県内の他自治体との連携強化だ。コロナ後のインバウンド需要の回復も見据えて、山形市と近隣自治体の滞在期間を延ばしてもらおうと、観光ノウハウの共有を進めている。21年10月には同市、上山市、天童市による「山形・上山・天童三市連携観光地域づくり推進協議会」に、新たに4市7町が加わった。協議会の名称も「DMOさくらんぼ山形」と改め、今後さらに連携を強化していく。

また、自治体のみならず、外部との協力体制も強めている。観光施策の司令塔として官公庁が認定している「観光地域づくり法人(DMO)」である「おもてなし山形株式会社(同市)」と連携し、AIを活用した情報発信に取り組んでいる。

「VISIT YAMAGATA」内のAI女将

同社が運営する観光・宿泊予約サイト「VISIT YAMAGATA」内の「AI女将」は、山形の魅力やおすすめスポットを紹介していくチャットボット(※)だ。サイト閲覧者は「食べる」「遊ぶ」など興味のあるジャンルの情報を選択。すると、興味に合わせたページに自動的に移動し、AI女将がページの内容について簡単な解説をしてくれる。

(※)AIを活用して自動的に会話をするプログラム

コロナが猛威を振るっていたことの施策を振り返り、「情報発信の助走部分である素材集めや戦略構築が足りなかったと思う」と反省点を口にした佐藤課長。個人観光客に向けた情報発信の強化は今も続いている。「VISIT YAMAGATA」には、市内在住のライターが書いた観光スポットレビュー記事も掲載しており、市の魅力を伝えるコンテンツは増えつつある。

VISIT YAMAGATA内のコンテンツ。市内在住のライターが観光情報を執筆している(VISIT YAMAGATAのウェブサイトより)

また、蔵王温泉内で、地域の観光事業に特化した会社を指す「DMC」を作る動きも進んでいる。蔵王温泉観光協会と連携しながら、今後は個人観光客に向けた情報発信を強化していく方針だ。

「やはりまだ情報発信という点で不足していると感じています。地域に埋もれている資源を掘り起こし、データも活用しながら山形の魅力を伝えていきたい」。取り組みは道半ばだが、佐藤課長は前を見据えている。

移住促進のキーワードは「創造都市」

同市の取り組みの強化は観光分野にとどまらない。22年度に企画調整課内に移住促進係を新設した。移住に関する施策はこれまでも進めてきたが、専任部署を作ることでより一層力を入れていく。

移住促進について説明する企画調整課の工藤茂課長

「コロナの影響により働き方が多様化しました。都会に出なくても仕事ができるという状況が進みつつあり、地方移住への関心が高まっている今、より一層移住促進施策に取り組んでいかなければならないと感じています」。同課の工藤茂課長は、移住促進係が新設された背景について説明した。

主なターゲットは首都圏に住む20~30代の子育て世代。同市では0歳から中学3年までの医療費が無料であるほか、屋内遊戯施設の整備なども進めている。また、観光戦略でも武器となる温泉地やスキー場へのアクセスのしやすさ、ワーケーションの環境整備が進んでいる状況は、ワークライフバランス重視する層への訴求力にもなる。立ち上がったばかりの部署ではあるが、今後は首都圏で開催される移住促進イベントへの参加や、オーダーメード型の移住体験ツアーを開催するなどして、同市に移住する魅力を発信していく方針だという。

また22年9月には、市立第一小学校旧校舎を活用した文化施設「やまがたクリエイティブシティセンターQ1(キューイチ)」のオープンを予定している。シェアオフィスやレンタルスペースとともに、オープンアトリエや動画配信スタジオの設置も予定しており、市としては創造都市の拠点としたい考えだ。同市は城下町として古くから文化が発展してきたという歴史がある。加えて1989年から隔年で「山形国際ドキュメンタリー映画祭」を開催。2017年には、映画を軸に山形の多様な文化資産や創造力が高く評価され「ユネスコ創造都市ネットワーク」の映画分野において日本で初めて加盟認定を受け、文化発信の地として実績を積み上げてきた。多くの都市が移住促進に取り組む中、一つの差別化要素として大きな武器になるといえるだろう。

「やまがたクリエイティブシティセンターQ1(キューイチ)」の外観イメージ図(同市提供)

アフターコロナに向けて動き始めた山形市。街に残る歴史や資源を活用しながら、新しい姿へと生まれ変わりつつある。

(取材を終えて)コロナ禍を経て、山形市は観光領域で新しいターゲット層に目を向け始めた。移住に関する取り組みについても、今後の展開を注視したい。他自治体との連携強化など、情報を発信する上で組織の基礎部分は固まりつつあると感じる。観光にしても移住にしても、情報の発信先を細かく設定し、ターゲットの心理や行動に合わせたコンテンツを配信していくことが今後重要になってくるだろう。