ソーシャルアクションラボ

2023.01.13

“打ち上げ花火”で終わらせない 静岡県マーケティング課の農林水産物販路拡大施策

農林水産物の販路をどうやって拡大していくか。多くの自治体にとって悩ましい問題である。マーケティング戦略をもとに、この難題に立ち向かっているのが、静岡県マーケティング課だ。2017年からマーケティング戦略を策定、実施し、国内だけでなく海外でも販路を広げている。単発のイベントを実施するだけの“打ち上げ花火”の取り組みを防ぐ、同課の戦略に迫る。

静岡の食の魅力を伝えるポータルサイト「ふじのくに 食の都」

5年で首都圏の量販店との年間取引額が倍増

1998年に発足した同課は、これまでに数々の実績を上げている。県産の農林水産物について、首都圏の量販店との取引額は2016年の1.2億円から21年には2.5億円と倍増。茶の輸出量は19年の約27億円から、20年に約34億円に増加している。同課の本橋夏生(なつき)課長は「専門家の方からは順調に推移しているという評価を頂いています」と説明する。

取材に答える静岡県マーケティング課の本橋夏生課長

同課は17年から農林水産物の販路拡大に関する戦略をまとめた「ふじのくにマーケティング戦略」を毎年度策定し、実行している。本橋課長によると、最終的には専門家の確認が入るものの、素案は同課が作成しているという。

戦略は、国内向けと海外向けそれぞれで策定している。国内向けの主なターゲットは首都圏だ。主な供給先となる量販店の価格戦略や規模を分析した上で、県産の食材をいつ、どこに、どのように販売・PRしていくか設計している。県が認定した高品質かつ安全な商品であることを示す「頂(いただき)」マークを付けた上で、量販店に商品を届けるよう、農業団体や流通事業者と連携している。

富士山をイメージに高品質であることを表現した「頂」マーク

近年の戦略のポイントは、「広域連携」と「デジタル技術の活用」だ。21年に中部横断自動車道の静岡県~山梨県間が全線開通。これまでウィークポイントだった縦の流通経路が整ったこともあり、山梨県、長野県、新潟県と相互に県産食材を相互販売する広域経済圏「山の州(くに)」を22年に形成した。それぞれの県が買い支え合いをすることで、一定の売上を確保できている。本橋課長は「農林水産物のマーケティング戦略には物流の構築も欠かせません。そういった意味で、広域経済圏が県のマーケティングに大きく貢献しています」と力説する。

外部の専門家が生産者をサポート

デジタル技術の活用については、生産者とバイヤーを結ぶプラットフォームサイト「バイ・シズオカ オンラインカタログ」を運営。コロナ禍でリアルの商談が難しいなか、オンライン商談会を開催し、21年10~11月に9商品の商談を成立させた。

「バイ・シズオカ オンラインカタログ」の取り組みで特徴的なのは、生産者をサポートする体制が整っていることだ。本橋課長は「生産者の方は『ここに対して売りたい』という思いを持っているが、実際にはマッチングが難しい場合もある」と説明する。適切なマッチングを後押しするべく、県は新たな仕組みを構築した。県が委託した専門家が生産者をサポートし、本当にターゲットとすべき販売先はどこなのかなど戦略を練っていくものだ。

バイ・シズオカのトップページ

生産者をサポートする仕組みは、海外向けの戦略においても整えられている。海外のニーズや規制に合わせるべく、県や専門家が助言。施設整備の支援も行っている。

「例えば、みかんは国内では大きいものが好まれる傾向にあります。しかし、海外では小ぶりのものが支持される。国内と海外で切り替える必要があるのです。こうした情報は生産者にとって非常に貴重なものです」(本橋課長)

さらに、中国や韓国、シンガポール、台湾の静岡県海外駐在員事務所に「ふじのくに通商エキスパート」と呼ばれる外部の専門家を配置している。現地の流通などで支援を実施しているほか、駐在員からは現地の情報がリアルタイムで届く。届いた情報をもとに戦略を改善し、実施するという好循環が作れている。

ガストロノミーツーリズムを推進

県産の食材をPRする上では、県内の料理人の力も借りている。本橋課長は「食の魅力を広く伝えるためには地域が一体となって取り組まなければならない」と話す。県では、その土地独自の食材・食文化に触れる「ガストロノミーツーリズム」に取り組んでいる。

取り組みを象徴するのが、22年3月に開設したポータルサイト「ふじのくに 食の都」だ。サイトのコピー「“食材”の王国から“食の王国”へ」に表れている通り、食材のみならず食の体験を提供する窓口となっている。サイトでは料理ジャンルや所在地などから県内の飲食店を探すことができる。あくまで料理人が前面に出ている点が特徴だ。掲載されている料理人は、県から「ふじのくに食の都づくり仕事人」として表彰されている料理人のみ。農林水産業や食文化の振興に貢献していると認められた料理人が表彰を受けている。10年から表彰が続いていることもあり、現在では同サイト掲載の料理人は500人を超えている。

県から表彰された料理人の検索ができる

10年以上県内の料理人と交流を続けたことで、サイト内のほかのコンテンツの質が高まった。サイトでは、使用食材や料理ジャンルなどから、料理人が考案したレシピを検索できるページがある。県の表彰を受けた料理人が考案したレシピとあって、見た目にも華やかなものが多い。

サイトでは県産食材を使った料理人のレシピが公開されている

外国人観光客向けの情報も充実している。イスラム教の食文化である「ハラール」に配慮したメニューを提供している飲食店などを検索できる「ハラール・ポータル」では、ジャンルや所在地からハラールに対応した飲食店を検索できる。飲食店からの希望があれば、ハラールに対応するために専門家を派遣するといった支援も実施しているという。本橋課長は「誰も取り残さないガストロノミーツーリズムを実践していきたい」と意気込みを語った。

ハラールに対応した飲食店を掲載している

マーケティング課が関係各課の懸け橋になる

本橋課長は、マーケティング戦略をもとに販路拡大施策を進める利点として、施策が単発のものにならないことを挙げる。「『やっている感』を出すには、やはりイベント実施が効果的だというのもわかる。しかし、イベントを開催するにも戦略がなければどうしても“打ち上げ花火”で終わってしまう」と指摘する。土台となる戦略があってこそ、意味のある施策を実行できるというわけだ。

また、マーケティング課があることで、さまざまな部署が協力しやすくなっていることも利点として挙げられるという。

「例えばガストロノミーツーリズムでは観光部門の部署と食の部門が一体となって取り組んでいかなければならない。販路拡大施策においても、マーケティング課が横串の役割を担えている部分はあると思います」(本橋課長)

さまざまな良い結果が生まれている一方、農林水産物の「ブランド化」「県民への魅力の訴求」という課題も残っている。本橋課長は「『静岡といったらこれ』と頭に浮かぶような商品を開発しなければならない」と話す。また、ガストロノミーツーリズム推進のために、まずは観光客を受け入れる側の県民自身が、静岡の食に魅力を感じていなければならない。

「県が旗振りをやっていたとしても、やはり民間事業者の協力は必須です。協力を仰げるような取り組みを進めていきたい」。販路は拡大しつつある。次の段階は、本橋課長の言葉通り、県が一体となって静岡の食の魅力について静岡を訪れた観光客に伝えていくことだろう。静岡が「ガストロノミーツーリズムの聖地」として知られる未来はそう遠くないのかもしれない。

(取材を終えて)農林水産物の販路拡大施策について、マーケティングの視点を取り入れた取り組みを進めているのは珍しいのではないか。戦略についても専門家に任せきりにするのではなく、現場が素案をしっかりと作っている。戦略の概要については県ホームページでも確認できるが、細かく分析・戦略立案してあり、現場が策定しているからこその熱量も感じられた。今後は、静岡の食の魅力をいかに県民に浸透させるか、いわばシビックプライドの醸成がカギを握るだろう。県民向けのコンテンツをどのように充実させていくのか、注目していきたい。