ソーシャルアクションラボ

2022.10.26

「釣り」をテーマにした北九州市の観光戦略 リピーターを生む官民連携の取り組み

北九州市は、「釣り」をテーマにした観光戦略を展開する全国でも珍しい自治体だ。民間企業と共同で取り組む「北九州釣りいこか倶楽部」は、遊漁船の手配から釣り道具のレンタル、釣った魚を料理する飲食店の手配などを一括で受け付けている。釣り初心者から熟練者まで数多くのリピーターを生む秘密は、現場スタッフの「暖かみのある交流」と「柔軟な情報発信戦略」にあった。

多くのリピーターを生んでいる北九州市の「北九州釣りいこか倶楽部」(同倶楽部提供)

釣りから料理までパッケージ化「北九州釣りいこか倶楽部」

山口県下関市につながる関門橋を有する北九州市。九州と本州をつなぐ九州の玄関口として、日々多くの人が行き交う街だ。他方で「通過点になってしまいがち」という課題も抱えている。市地方創生SDGs推進部企画課主査の中島博章さんは「どうしても知名度では福岡市に負けてしまう。『何とか北九州に滞在させることはできないか』という点は常に考えている部分」と明かす。

市地方創生SDGs推進部企画課主査の中島博章さん

同俱楽部が誕生したきっかけは、ユーチューバー「釣りよかでしょう。」とコラボした動画だった。「釣りよかでしょう。」は167万人のチャンネル登録者(2022年9月27日現在)を有し、釣りに関連する動画を配信している。市制55周年の事業の一つとして、2017年12月から2018年2月の間で、北九州で海釣りをする様子を映すなどした3本の動画を配信。2017年6月時点で計約280万回再生されるなど、大きな反響を得た。「釣りを観光だけでなく、定住移住を呼び掛ける武器にしていきたい」。好機ととらえた市は、同倶楽部の立ち上げに動き出す。

市制55周年で配信されたユーチューバー「釣りよかでしょう。」とのコラボ動画(画像クリックで動画再生ページ)

立ち上げにあたっては、九州~関東で釣具店「ポイント」を70店舗展開している「タカミヤ」(同市八幡東区)に協力を仰いだ。釣りのノウハウがあり、かつ釣り体験教室や水環境美化保全活動に取り組んでいることが決め手になったという。

釣具店を展開する「タカミヤ」の釣人創出室課長の黒石英孝さん

「日本だけでなく海外でも、釣り場と中心街が離れていることが多い。その点、北九州は2つの場所が近く、交通の便も良い」と解説するのは、同社釣人創出室課長の黒石英孝さんだ。「釣りのユートピアをどこかに作りたい」。同社の高宮俊諦(としあき)会長の願いにも合致する取り組みだった。2018年2月に市が声がけし、同年6月に同倶楽部が立ち上がった。

船釣りのハードルを下げる仕組み

同倶楽部の特徴は、船釣りに必要な事務連絡の窓口を事務局で一本化している点にある。一般的に船釣りをする場合は、自分で遊漁船に問い合わせしなければならない。船長が対応する場合が多いというが、黒石さんは「船長本人にその気はなくても、ぶっきらぼうな対応に思えてしまうケースもある。一般の方、ましてや釣り初心者の方が電話をするのは心理的なハードルが高い」と説明する。そこで、同社は立ち上げ時に船長に声がけし、19隻の遊漁船を確保(現在は24隻)。利用者の要望を聞いた上で、遊漁船を手配している。

また、他市町村から海釣りに出かける上でハードルとなるのは道具だ。釣り竿やクーラーボックスなど大型のものが多く、車がなければ難しい。そこで、同倶楽部では、仕掛けやルアーなどの消耗品以外の道具についてレンタルサービスも提供している。黒石さんは「遊漁船でレンタルしている場合はあるが、質が良い道具が置いているケースは少ない。その点、うちは釣具店なのでしっかりしたものを提供している」と胸を張る。

また、釣った魚をすぐに料理し、コース料理として提供するレストランとも提携している。海と中心街が近い同市ならではのサービスだ。要望があれば宿泊施設の紹介もしているという(施設の予約は利用者が行う)。事務局に連絡さえすれば、手ぶらで海釣りを満喫できる仕組みが構築されているのだ。

提供される料理の一例。釣った魚をすぐに食べることができる(北九州釣りいこか倶楽部提供)

遊漁船には、黒石さんをはじめ同社のスタッフも乗り込み、釣り方についてレクチャーするガイドサービスも提供している。釣り初心者に徹底して寄り添ったサービスだが、関東や関西から参加する上級者も多い。黒石さんは「北九州の海は恵まれた資源を持っている。魚が多く釣れるだけでなく、味も良いことが要因でしょう」と語る。黒石さんによると、関東や関西の海釣り場には、一日で多くの遊漁船が出航するため、魚にストレスがかかるケースもあるという。結果、一日2~3匹釣れれば良いとされているとのことだ。また、遊漁船の手配や道具のレンタルは上級者にとってもありがたいサービスだといえる。

受け入れ態勢を整えた上で、情報発信については市が担っている。「釣りよかでしょう。」の動画が申し込みのきっかけになっている利用者が多かったというが、新型コロナウイルスの影響により発信の戦略も変わった。

「コロナによって利用者は市内や近隣の方が多くなった。関東関西はもちろん重要なターゲットだが、これからはマイクロツーリズムにも目を向けていく必要がある」と中島さんは説明する。具体的には地元放送局に取り上げてもらうことや、広島県・岡山県のタウン情報誌への掲載など、比較的近いエリアでの露出を増やしたという。また、夏休みや春休みなどの子どもの長期休暇期間には、ファミリー向けプランも作り、情報を発信した。結果、コロナ禍にもかかわらず2020年の利用者は1,081人と、前年に比べ112%増やすことができた。2022年も年末まで予約が入っているという。

リピーターを生み出す体験

同倶楽部はリピーターが多い。1人で訪れる女性客も多く、黒石さんは「決して普段から釣りをやっているという方ではない」と説明する。関西から訪れるある女性の利用者はこれまでに4度ほど利用している。黒石さんは「毎回会うたびに『黒石さーん!』と手を振ってくれるんです」と笑顔で話す。

同倶楽部の現場スタッフの対応によりリピーターを生み出している(同倶楽部提供)

リピーターを生む秘密は、現場スタッフの対応にある。ガイドをするスタッフは利用者と積極的にコミュニケーションを取り、利用者が求めていることを聞き出す。定期的に遊漁船の関係者を集めたミーティングを開き、利用者の声を共有する。もちろんクレームもしっかりと伝え、改善するよう呼び掛けている。黒石さんは「利用者の満足度は、やはり遊漁船にかかっている。船長とのコミュニケーションはしっかり取るよう意識している」と説明する。

海釣りのハードルを下げて一度は利用したとしても、現地での体験がしっかりしたものでなければリピーターは生まれないだろう。温かい人間味のある対応にこそ、同倶楽部の強みがあるといえる。「フェリーを利用したプランや、『釣りいこか倶楽部カップ』の開催など、やってみたいことはまだまだある」と黒石さんは前を見据える。

目指す「都市近接型アウトドア」

今後の課題は、「海以外の周遊を促す」ことだという。中島さんは「北九州の観光資源としては山もあり、釣りいこか倶楽部をほかの市内のアクティビティーにどうつなげていくか検討している」と話す。

思い浮かべているのは繁華街を拠点に自然も楽しみ尽くす「都市近接型アウトドア」だ。釣りもキャンプも街中の散策も楽しめる仕組みが作れれば、同市に滞在する期間も長くなる。同倶楽部の立ち上げによって通過点となりがちだったという課題は解決に向け一歩前進し、次のステップとして「滞在」が浮上している。中島さんは「例えば釣った魚で余ったものがあれば、それをキャンプ地に届けるといった仕組みが作れれば可能性は生まれるのではないか」と次なる施策について考えを巡らせている。

「釣りのユートピア」となりつつある北九州市。釣りを起点に、理想の姿を追い求め続けていく。 (取材を終えて)「海釣りのハードルを下げる」という目的で始まった同倶楽部。徹底して初心者に優しい仕組みを作ったことが、結果として上級者など幅広い利用者層を生み出すことにつながったのだろう。コロナ禍後の柔軟な情報発信戦略や現場スタッフのコミュニケーションなど、今後のマーケティング戦略において参考になる部分も多いと感じた。釣りの利用者層と釣り以外のアクティビティーの利用者層は異なると考えられる。市内の周遊を促すため、ターゲットの再設定が必要になってく