ソーシャルアクションラボ

2022.10.26

十数年で人口約5万人増 流山市が実践する市民が主役のマーケティング戦略

「都心から一番近い森のまち」「母(父)になるなら、流山市。」「市民の知恵と力が活きるまち」。こうしたキャッチコピーを打ち出し、3つの柱で移住・定住促進のためのマーケティング戦略やブランディングを展開しているのが、千葉県流山市だ。同市は全国の基礎自治体初となる「マーケティング課」を2004年に創設。「移住・定住促進型」ともいえるカスタマージャーニーに沿ってターゲットにコンテンツを届け続け、約15万人(同年)だった人口は2021年に20万人を突破した。「市民が主役」という同市のマーケティング戦略に迫る。

首都圏の駅の広告で使用されたキャッチコピー「母になるなら、流山市。」

2つの課題解決のため立ち上がったマーケティング課

流山市の中心部に位置する、つくばエクスプレス・流山おおたかの森駅周辺は、緑豊かな場所だ。都心から直通快速電車で25分という立地。駅から直結で送迎保育ステーションが備えられており、子供をステーションに預けると、市内の指定保育所(園)までバスで送迎してくれる。市マーケティング課の河尻和佳子課長は「『遠くの保育所に空きはあるけど毎日自分で送迎するのは難しいが、この仕組みにより保育園に預けることができた』という方は多い。170人ほど利用者がいたこともあり、待機児童解消に役立っています」と解説する。

緑が広がる流山おおたかの森駅

2009年に17カ所だった保育所(園)は、現在では100カ所。送迎保育ステーションの効果もあり、待機児童は2021年には0となった。

同課によるマーケティング戦略と子育て担当部署などによるハード面の整備により、今でこそ子育て世代が集まるまちとなっているが、以前はどこの自治体にもつきまとう「少子高齢化」という課題を抱えていた。

都心と流山をつなぐつくばエクスプレスは2005年に開業。開業と同時に沿線では区画整理事業が始まった。沿線の中で、当時知名度もイメージも低かった流山市はこのままだと土地が売れ残り、市の財政を逼迫する恐れもあった。「このままでは流山の未来はない」。そんな危機感のもと、井崎義治市長主導で同課が立ち上がった。

河尻課長が入職したのは2009年。それまでは大手電力会社でマーケティング担当を務めていた。「『役所は縦割りだから大変でしょう』という声をよくいただくくのですが、自分が大企業に勤めていたこともあってあまり違和感はありませんでした。むしろ『公共のためという部分が説明できれば案外企画は通るものなんだな』という印象です」と市役所の風通しの良い雰囲気を明かす。とはいえ、自治体における「マーケティング課」は誰にとっても馴染みのない存在だ。市民や職員に納得感を持ってもらうために、マーケティング戦略に沿った企画を地道に実行していった。

「移住・定住促進型」のカスタマージャーニー

流山市マーケティング課の河尻和佳子課長

河尻課長が入職した時点で、同課の「定住人口の増加」というミッションは定まっていた。そこで「30~40代前半、共働きの子育て世代」というターゲットに対し、カスタマージャーニーに沿って施策を展開していった。カスタマージャーニーとは、ターゲットが商品やサービスを認知、情報収集、比較検討し、最終的に購入に至るまでの流れ(旅路)を描いたものだ。

「圧倒的に(市の)認知度が低いと感じました」。河尻課長が話すように、まずは認知の部分を強化することとなった。そこで生まれたのが、冒頭のキャッチコピーだ。首都圏の駅に、コピーが掲載されている広告を貼り出した。

企画に際しては、「コピーを見た人が主役であること」を心がけた。「広告のコピーは、広告主側から語ったものであることが一般的。『流山はこうですよ』といっても、そもそも知らない人からすれば興味が出ない」との考えから、「『私が』母(父)になるなら、流山市。」と、自分ゴト化とできるようなコピーとした。

また、「子育てするなら」ではなく「母(父)になるなら」としたのもこだわったポイントだ。「流山には新しいことを始めるのを楽しむベンチャースピリットを持った人が転入される傾向があると考えています。子育てだけでなく、一人の母(父)として色々なことに挑戦したい人がいればやってもらいたいんです」と、その狙いについて話す。徹底的にターゲットに寄り添うつもりでメッセージを発信した結果、「私のことを語ってくれているような気がした」と話す移住者もいたという。

流山を認知したターゲットは、実際にどんなまちなのか情報を集めることとなる。「移住してもらうためには、実際にまちに来てもらう機会を作るのが必須です」と河尻課長は説明する。

しかし、ベッドタウンは観光資源に乏しいという弱点がある。そこで、同市では年に数回流山おおたかの森駅でイベントを開催。ターゲットが思わず来場したくなるようなコンテンツを企画した。例えば、駅前の広場を活用したイベント「森のナイトカフェ」は、「ビアガーデンに行きたいけど子供連れでは難しい」という悩みを持つ子育て世代をターゲットに据え、そこから企画をスタートさせた。同駅の広場は、車が立ち入れないようになっている。子供が走り回っても、十分に安全を確保できる。同時に噴水ショーも開催するなど、子供も楽しめる仕掛けも用意した。

子育て世代に向けたイベント「森のナイトカフェ」

2022年は3日間で3万5千人が参加。全体の約3割は市外在住者で、7~8割が子育て世代だったという。河尻課長は「実際に来てもらうことで初めて『ここに住むもありなのではないか』と思ってもらえる」とイベントの効果について説明する。

ターゲットを定めていたとしても、闇雲にコンテンツを発信しては効果は生まれない。カスタマージャーニーに沿ってターゲットのニーズや心情を踏まえ、コンテンツを配置することが重要だといえるだろう。

重要なのは「移住してもらった後」

「実際に住んでみてどうなのか」。実際に移住してもらうためには、ターゲットの最後の不安を解決しなければならない。そこで、冒頭の通りハード面で子育て環境を整えてきた。同時に、「住み続けてもらうためには景観も重要になってくるという考えから都市計画部署を中心にまちづくりを行ってきた(河尻課長)」との言葉通り、同市では街づくり条例や広告物条例などを策定。土地開発と同時に緑を植えていく「流山グリーンチェーン戦略」を展開している。

加えて河尻課長が強調するのは、移住者の満足度を上げていく重要性だ。「市外の人に流山市を認知してもらうことに力を入れていた結果、首都圏での認知度は7割を超えるようになったが、市内についてはそれまで取り組みをしていなかった。ここは反省点」と振り返る。

5年ほど前、「移住してみたが、思ったほどではなかった」という趣旨の声がSNSで上がった。どれだけ発信に力を入れていても、実際に住む市民の評判が良くなければ住んでもらえない。そこで、移住してきた子育て世代がまちに関心を持つきっかけの場を提供していくことにした。

例えば、イベント内での市民向け企画の開催だ。自分の夢を語り合う会などを開催し、市民同士が交流する場を設けた。河尻さんは「もちろん『集まって話してください』だけでは場は盛り上がらない。場を提供しつつ、場を暖めるような企画はこちらで知恵を絞りました」と話す。

さらに、商工振興課では女性向けの創業スクールも開催している。スクールでは、創業のためのノウハウを伝えるというよりも、主に実際に創業した流山市民の体験談を聞く内容としている。河尻課長は「ノウハウはどこでも知ることができると思う。本当に知りたいのはこのまちで創業した人のリアルな話だと思うんです」と狙いについて説明する。

女性向け創業スクールの様子

イベントやスクールを通じて仲間を見つけ、実際に創業した例も多いという。何かに挑戦する市民については市で取材し、オウンドメディア「ながれやまStyle」などで発信している。

外部メディアに市民が取り上げられれば、それも情報発信の一つのチャネルとなる。「市としては、あくまできっかけとなる場を提供するだけ。後はまちの方々が自らまちで活動されたり、まちをPRしてくれたりするのです」と河尻課長は語った。

何かに挑戦する市民を紹介するオウンドメディア「ながれやまStyle」

市民が自走することでブランドが作られていく

市民がつながる仕組みは、さらに発展している。同課は2021年、オンラインコミュニティー「Nの研究室」を立ち上げた。コミュニティーのFacebookグループでメンバー同士が交流し、自分のやりたいことを投げかけ、プロジェクト化する設計だ。これまで5つのプロジェクトがうまれ、まちでの活動を始めている。

河尻課長は「市としては今後、何でもかんでも“いけいけどんどん”で情報発信していくことはありません。それよりも、流山市のブランド資源となる情報発信を続けて、流山のイメージの記憶を積み上げていくことに注力したい」と話す。2022年10月からは、母・父親としての成長エピソードをツイッターで市民に発信してもらう「親だって、成長してる。母と父の成長エピソード募集キャンペーン」を始めた(期間は2022年10月3日~11月11日)。今後は流山のブランド力強化を目論む。流山に住んでいることで、市民が自分を表現できる。そんなまちを目指していくつもりだ。

(取材を終えて)移住戦略や観光戦略において、ターゲットを設定できている自治体は多い。しかし、戦略を進めていく上での指針ともいえる「カスタマージャーニー」まで定められているケースは意外と少ないものだ。その点、流山市は両方を設定できており、適切なコンテンツも発信できている。まさに、マーケティングの王道として自治体のみならず企業も参考にできる事例といえるだろう。これからは、「流山ブランド」を作っていく段階に入る。流山の文化を守りながら、市民と共に一貫した情報を届け続けることでブランドイメージが確立されていくだろう。