ソーシャルアクションラボ

2022.10.26

シビックプライドとは 意味と事例を紹介

「シビックプライド」という言葉への注目度が、自治体関係者の間で高まっています。全国の都道府県議会議事録を検索できる「全国47都道府県議会議事録横断検索」で調べてみると、議事録にシビックプライドというワードが登場するのは2006年が1件だったのに対し、2017年には6件、2020年には9件と増加しています(※)。実際にシビックプライド醸成を目指して取り組みを進めている自治体もあり、今後、注目度はさらに高まることも予想されます。本稿では、シビックプライドの意味や注目される背景、事例について解説します。

(※)全国47都道府県議会議事録横断検索

https://chiholog.net/yonalog/search.html?start_date=&end_date=&lg_code=&meeting_name=&meeting_text=%E3%82%B7%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%89&submit=%E6%A4%9C%E7%B4%A2

シビックプライドの意味

シビックプライドとは、「自分の住んでいる地域に対する市民の誇り」を指します。他に、「地域を自分たちの手で良くしていく」「地域を良くしていくために主体性を持って行動していく」を意味することもあります。この場合、地域づくりに市民が積極的に関わっていくことを示しているといえるでしょう。

シビックプライドの起源は、19世紀の英国にさかのぼります。18世紀半ばから19世紀にかけて産業革命が起こり、北部イングランド地域から中部において、多くの村が近代都市へと生まれ変わっていきました。市民が少しずつ裕福になっていき、音楽ホールや図書館といった公共施設が市民の寄付によって建てられるケースも増加。その過程で、「自分たちでまちをつくっている」という誇りが市民の間で醸成されていきます。都市が増えることで都市間の競争も激化していき、「自分たちのまちが一番優れている」という誇りを市民が持つようになりました。

郷土愛との違い

シビックプライドは郷土愛と混同されがちですが、意味が異なります。郷土愛は自分たちが生まれ育った地域に対する愛着を指しますが、シビックプライドは「地域づくりに市民が貢献する」という意味も含んでいます。

また、郷土愛は「生まれ育った地域」への思いを指しますが、シビックプライドは「移り住んだ地域」に対する思いを含むこともあります。先述の通り、シビックプライドは村が近代都市に生まれ変わっていく過程で生まれたものです。住み良い都市には移住者も増える傾向にあるため、シビックプライドの対象は郷土愛よりも範囲が広くなるのです。

なぜシビックプライドが注目されるのか

シビックプライドの考え方そのものは、国内でも古くからありました。しかし、その考え方を的確に言い表す単語が存在しなかったこともあり、比較的最近になってからシビックプライドが注目されるようになりました。

また、多くの人の価値観が変化していることも、シビックプライドが注目される要因の一つといえるでしょう。高度経済成長期では、「仕事」が人生において大きな位置を占めていました。職場が居場所だとする人も多く、意識しているか否かに限らず経済を成長させることが多くの人にとっての使命だったといえます。しかし、現代においては仕事だけでなく、「家庭や趣味の時間を大切にしたい」と考える人も増えてきました。職場だけに注意を向けるのではなく、自分の住んでいる地域に対する関心度も高まっていき、「自分の住んでいる地域を良くしたい」と考える市民も一定数存在していると考えられます。

新型コロナウイルスの感染拡大により、他地域への移動がしづらくなった分、自分の住んでいる地域の魅力を再発見したという市民も増えたとみられます。地域の魅力を市民自らが知り、育て、発信できる体制が整っていれば、コロナ禍後に他地域からの来訪者が増えた場合でも効果的にPRできるでしょう。

シビックプライドを醸成するメリット

シビックプライドを醸成するメリットは、地域の魅力の発信力を高められることにあります。国内外の観光客を呼び込むためのPRに役立てられることはもちろん、移住者の増加に結び付けることもできるでしょう。自治体の取り組みだけでは、情報発信の広がりは限定的です。しかし、市民が主体的に情報を発信することで、地域で一体となって地域外の人に魅力を伝えられます。

また、市民が地域の魅力について自覚することで、その地域に住み続ける市民が増える効果も期待できます。地方の人口減が課題となっているなか、シビックプライドの醸成は課題解決の切り札となり得るのです。

シビックプライドを醸成する方法の例

シビックプライドを醸成する方法はいくつかあります。ここで複数例ご紹介しますが、これらを実施していれば必ず市民の間にシビックプライドが芽生える、というものではありません。それぞれの自治体にある資源を見直し、できることから始めていくことが重要だといえるでしょう。また、長期視点に立ち、ある程度の時間をかけて少しずつ市民の意識を育てていくことも大切です。

・市民が参加するイベントを開く

市民が参加するイベントで地域の魅力を再認識させるのは、一つの有効な手段です。祭りや伝統行事などは、従来からある典型例といえるでしょう。また、自分の住む地域の魅力を出し合い、何かしらの形にする市民参加型のワークショップも効果的です。参加者はなるべく広い属性(年齢や職業など)から集めるようにしましょう。

・キャンペーンを実施する

地域が持っている魅力を活用したキャンペーンを実施します。例えば、複数の飲食店協力のもと特産品を活用したメニューを考案してもらい、食べ歩きのキャンペーンを実施するといったことが考えられます。SNSを活用するのも一つの手です。「特産品を活用した料理を作ってもらい、SNSに写真を投稿。『いいね』数の多かった料理を作った人に賞品をプレゼント」といったキャンペーンもできます。

・住みやすい地域にするため諸制度を整える

特徴のあるイベントやキャンペーンを実施したとしても、住みにくい地域であれば市民の愛着は育ちません。子育て支援施策や医療施策などを充実させることは、シビックプライドを醸成する上で基本となるものだといえるでしょう。

・市民への地域教育

地域の魅力を伝える地域教育を市民に対して実施します。小中学校では地域のことを学ぶ地域学習が実施されているケースも多いですが、それよりも上の世代も対象に含めるのが理想です。前述のワークショップと組み合わせる形で、地域の魅力を学ぶ時間を設けるのも一つの手でしょう。

シビックプライドの事例

ここでは国内外のシビックプライドの実例を見ていきます。

長崎県松浦市の「アジフライの聖地」

アジの水揚げ量が日本一になったことがある長崎県松浦市は、2018年から「アジフライの聖地」としてPRを続けています。特徴は、市民を巻き込んだ取り組みであるという点です。PRを始めるにあたり、自治体側から市内の複数の飲食店にアジフライを提供するよう依頼。アジフライの食べ歩きができるよう「アジフライマップ」を制作しました。

また、同市福岡事務所が発行する広報冊子の表紙では、実在の市民がモデルとなったキャラクターが登場。毎月第三金曜日を「アジフライデー」と定め、市内の学校給食でアジフライを提供したり、市内にある高校の生徒たちが飲食店と共同でオリジナルのアジフライ定食を開発したりと、多くの市民に「アジフライの聖地」として誇りを持ってもらうための「仕掛け」が施されています。

結果、観光客の増加や観光情報サイトのPV数が伸びるなどの効果が出ています。取り組みの詳細はこちらの記事で取り上げています。

長崎県松浦市は「アジフライの聖地」としてPRを続けている

佐賀県武雄市の「武雄ブランド」制定

歴史のある温泉街を有する佐賀県武雄市は、九州新幹線西九州ルート開業が近づく中で、周辺への観光拠点となる「西九州のハブ都市」を目指しています。新しいまちの姿を作っていくにあたって、まちづくりの指針を示す「武雄ブランド」を制定することとなり、公式キャッチコピーとロゴを新たに決めました。

取組が始まったのは2018年。自治体のみで決めるのではなく、できるだけ多くの市民の意見を取り入れようと工夫しました。プロのコピーライターをファシリテーターとして招いた上で、市民参加型のワークショップを計3回実施。ワークショップでは、市民が同市について「いいところ」「気がかりなところ」などを出し合い、自分のまちについて改めて考えるところから始まりました。その後、意見を集約し、「それ、武雄が始めます。」というキャッチコピーが誕生。キャッチコピーをもとにしたロゴは一般公募で募集し、市民の投票で採用されるなど、あらゆる過程で市民が参加する仕掛けが施されていました。取り組みの詳細はこちらの記事で取り上げています。

佐賀県武雄市の公式ロゴとキャッチコピー

アムステルダムの「I amsterdam」キャンペーン

オランダのアムステルダムで行われた「I amsterdam」は、シビックプライドの代表的な例として各所で紹介されています。キャンペーン名には「I am」もかかっており、あらゆる人がアムステルダムの魅力を表現する存在であるといった意味を持っています。

キャンペーンが実行されたのは2003年。その後、4年ごとのサイクルでマーケティング施策を実施しています。最初の取り組みでは「アムステルダムの人」をテーマに、何人かの写真家による写真集の制作や展覧会を開催しました。「I amsterdam」のロゴも無料で使用できるようにしたところ、アムステルダムのあらゆる場所にロゴが掲出されるようになりました。

また、公務員ストライキが起こった際には、公務員が「I ambtenaar(私は公務員である)」というTシャツを着用したり、ホームレスが自己表現するために「I amsterdam,too(私もアムステルダム市民だ)」と記されたTシャツを着たりなど、あらゆる属性の市民がロゴを活用するようになりました。

オランダのアムステルダムでは「I amsterdam」というキャンペーンが展開された

ロンドンの「オープンハウス・ロンドン」

イギリス・ロンドンで毎年開催されている「オープンハウス・ロンドン」は、市内700以上の建築物が無料で一般公開されるイベントです。イベントでは子供用のプログラムが実施されるほか、市民と建築家、建物のオーナーが対話することにより、自分たちの住む都市の建物に込められた思いを共有します。より良い都市の環境を実現するため、市民が提案者となる。イベントには、そういった願いが込められています。

「オープンハウス・ロンドン」では、市内の建築物が無料で一般公開されている

長期的視点に立った施策を

ここまでシビックプライドの意味や醸成するメリット、事例などを見てきました。事例を分析してみると、市民にシビックプライドを芽生えさせるためには、市民が参加する場を設けること、そして一度限りのイベントにしないことが重要だといえるでしょう。シビックプライドに関する施策は長期的な視点を持ち、腰を据えて取り組みましょう。