世界最大級のコンテンツマーケティングのカンファレンス「Content Marketing World(CMW)2020」が10月13~16日(米国時間)、開催された。今回で10回目を迎えた本イベント。新型コロナウイルス感染症の影響で、初のバーチャルイベントとなった。本稿では、Content Marketing Instituteのチーフ・ストラテジー・アドバイザーである、ロバート・ローズ氏のキーノートを紹介したい。

コンテンツの許容範囲が狭くなっている

キーノートのタイトルは「欲求を設計する:次の10年のための新しいコンテンツマーケティング戦略」。コンテンツマーケティングに「新しい戦略」が必要とはどういうことか。その背景としてローズ氏は、あらゆる物事の「流動化」が進んだことを挙げる。

コンテンツマーケティングには、ある程度の「型」が存在する。これは、米国を中心に長年研究が進んだ結果の産物といえる。しかし、「断絶の時代」となり、すべての物事が予想できなくなった。人々の思考もそうだし、社会の変化もそうだ。結果、これまでのように単に「型」になぞらえてコンテンツマーケティングに取り組むだけでは、効果を出すことが難しくなりつつある。そもそも、マーケティングは業種や業態、企業規模によって適切なアプローチが異なるものであり、「型」で結果が出ていた状態が、ある意味「異常」というか、世の中が安定しすぎていたきらいがある。

もう一つ、人々の頭の中から「信頼」という概念が失われつつあることも重要なポイントだ。メディアや体制への信頼度は低下する一方。さらに、プライバシー侵害への懸念も人々の中で色濃い。消費者はかつてないほど「疑い深くなっている」といってよいだろう。

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これまではペルソナとカスタマージャーニーにもとづいて制作された1つのコンテンツでも、幅広い層にリーチし、結果にも結び付いてきた。つまりある程度「粗い」戦略でも成果が出ていた。しかしローズ氏は、先述の理由などから「コンテンツの許容範囲が狭くなっている」と指摘。よりしっかりと文脈を理解した上で、それに沿った正確なカスタマージャーニーや体験を設計することが何より重要だと訴える。

オーディエンスを構築せよ

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「信頼」については、コンテンツマーケティングにおいて最も重要な概念だ。筆者の個人的な意見だが、「満足」とも少し違う。「満足」をベースにする考え方の場合、ビジネスライクな関係性しか成り立たない。いかに見込み顧客を満足させ、育成し、顧客として取引できる状態に持っていくか、という視点になる。そこまで至らせるためには、「究極の満足」を与える必要があり、労力がかかる。

一方、「信頼」ベースの場合、見込み顧客というより「オーディエンス」という考え方がしっくりくる。

上の図は、ローズ氏のプレゼンで使用されたスライドだ。毎年CMWに参加し、今回もリアルタイムでキーノートを聴講した株式会社JADE伊東周晃代表は、図の上段を「態度変容を促すいわゆる伝統的な広告やマーケティング」、下段を「オーディエンス・ビルディングというコンテンツマーケティングの考え方」と説明する。

伊東氏によると、上段はMAで用いられるようなマーケティングファネルをイメージしたものだ。ホワイトペーパーなどのコンテンツ(Gated Content)ダウンロードと引き換えに、メールアドレスを獲得する手法だが、こうして獲得した情報は「あくまでデータベースに過ぎず、オーディエンスではない」という。伊東氏の考えるオーディエンスとは、「未来への期待に対してサブスクライブした人」のことであり、コンテンツ欲しさに渋々個人情報を渡すのではなく、「この企業と繋がりたい!」と考え、喜んで自ら個人情報を差し出すものだ。

B2Bコンテンツマーケターの三友直樹氏も、「メールアドレス=オーディエンスと判断したくなるが、それは間違い。図中にある『Reach Value』(リーチできるという価値)でしかない」と指摘する。その後一定数が利益に結び付く(Cash Valueとなる)可能性はあるものの、「それではマス広告と仕組みが変わらず、コンテンツマーケティングとは呼べない」と強調する。

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オーディエンスはかけがえのない「資産」

オーディエンスは、コンテンツマーケティングに取り組む企業にとっては、「仲間」のような存在だ。コミュニティマーケティングの考え方とも近いが、施策に取り組む中で、その輪が広がっていく。「オーディエンス・アセット」、つまりオーディエンスは「資産」であるとされる理由の一つだ。

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ローズ氏は、まずコンテンツを出すことで信頼を獲得し、オーディエンスを構築すべきと訴える。ここでは、オーディエンスとよりよい関係を構築するためのヒントを得ることが、オーディエンス構築の目的となる。続いて、企業と繋がることの価値をオーディエンスに自己発見してもらう。ここでは、同業他社とは差別化された「価値観」をより強化することが、オーディエンス構築の目的となる。最後に、より深いエンゲージメントを促す「拡張性のある体験」を提供することで、オーディエンスを動かす。つまり、体験的価値を与えることで、信頼を拡大させるものだ。ここまで到達できれば、オーディエンスはかけがえのない「資産」となる。

ビジネスライク、つまり無味乾燥な関係性では、広がりがないし、そもそも信頼を得ることができない。可処分時間の奪い合いが過熱しているが、優れたデジタル体験を提供することで、オーディエンスに企業と付き合うことの価値を感じてもらうことが何より重要だ。見込み顧客からオーディエンスへ。日本のマーケティング業界も、マインドセットを変えるべきタイミングに来ていることは、疑いの余地がないであろう。