新型コロナウイルス感染症が世界中で広がった2020年、欧米のマーケティング業界で「心の知能指数」を意味する「EQ(Emotional Intelligence Quotient)」に改めて注目が集まりました。世界中が恐怖に包まれる中、顧客に寄り添った、倫理的なマーケティングこそが正義であるとの考えが広がったからです。事実、筆者がオンラインで参加したメールマーケティングのカンファレンス「Email Innovations Summit」(6月1~2日)でも、EQがトピックに上がっていました。本稿では、EQ、そして関連してROE(Return on Ethics=倫理的行動のリターン)の必要性について解説します。

EQ(心の知能指数)とは?

そもそも、EQ(心の知能指数)とは具体的にどういったものなのでしょうか。よく比較されるものに、IQ(Intelligence Quotient=知能指数)があります。「知能の高さ」を表す指標であり、「数学的能力」「空間認識」「分析的思考」「短期記憶」といった要素を評価します。

一方のEQは、「自己認識」「自己規制」「ソーシャルスキル「モチベーション」「共感」の5要素で構成されます。自らを正しくとらえ、規制し、相手に共感できる能力ですから、コミュニケーション能力の高さを表すものともいえるでしょう。計測しづらい「ソフトスキル」と呼べるかもしれません。

EQに注目が集まっている理由

EQに関連する能力を発揮する上で重要なのが、まず「自分は世の中の一部しか知らない」と自覚することです。「無知の知」とも言い換えられます。

マーケターやセールスパーソンにありがちなのが、顧客に対して一方的に自らの論を展開するケースです。断定的に話を進めるため、顧客によっては「頼りになる」と感じ、安心感を覚えることもあるでしょう。しかし、本当に顧客が求める「潜在ニーズ」をあぶりだしているとはいえません。つまり、戦略やプロダクトありきの提案となってしまいがちなのです。

これまでの時代はそれでよかった可能性もあります。前例踏襲でなんとなくビジネスを展開していれば、誰もがそれなりに生きていけたからです。しかし、新型コロナウイルス感染症によって、多くの人が今の世の中の「当たり前」に対し疑問を持つようになりました。「このままのやり方でいいのか」と。

同時に、新型コロナウイルス感染症により、対面営業やオフラインのイベント開催が難しくなったこともあり、企業やブランドから届く広告・宣伝メールが爆発的に増えました。配信頻度は増し、内容もより営業色が強いものが目立ちます。こうした猛烈なプッシュ型の営業に、消費者や潜在顧客は「恐怖」を覚えています。

そこで注目を集めたのがEQでした。

グローバル企業はすでに取り組んでいる

相手に寄り添った内容のメール文は、広告・宣伝文句が並ぶ受信トレーの中では、平時以上に目立ちます。新型コロナウイルスの感染が拡大した今年の春、欧米のグローバル企業を中心に、メールの内容を一新しました。

「新型コロナウイルス対策にしっかり取り組んでいること」
「顧客と従業員の健康を第一に考えること」
「医療従事者らに感謝していること」

主に上記の要素が入った、社長名のメッセージを配信したのです。文面の最後には社長のサインが入っているケースも多くありました(例えばホテル運営のマリオット・インターナショナル)。自動化が進んだメールマーケティング業界ですが、これらのメールからは「AI臭」「営業臭」が一切しません。人間味のある、「ヒューマンタッチ」な文面だったわけです。

先ほどのEQの構成要素を思い出してください。「自己認識」「自己規制」「ソーシャルスキル「モチベーション」「共感」。先ほどのメッセージは、これらをすべて満たしています。自社の置かれた環境を理解し(自己認識)、営業したいのを我慢して(自己規制)、顧客や社会との関係を円滑にし(ソーシャルスキル)、従業員のやる気を維持させ(モチベーション)、顧客や従業員や社会に寄り添っている(共感)。おそらく多くのグローバル企業がEQを意識したマーケティングにすでに取り組んでいると推察されます。

ROE(倫理的行動のリターン)とは

EQと同様に注目を集めるのが、ROEです。比較される概念には、ROI(Return On Investment=投資利益率)があります。投資した金額に対し、どれだけ利益を上げられたのか(回収できたのか)を計算したものです。ROIについては、ほとんどの企業が常に計算しているのではないでしょうか。

一方のROEは、企業の倫理的行動が、どれだけ企業に利益をもたらしたか、という概念です。個人的に計測することは困難だと考えています。マーケティングにおける倫理的行動とは、通常のマーケティング活動の中でEQの構成要素を意識することであり、それは数値化が難しいからです。

しかし、欧米では「倫理的行動をとれば顧客とつながることができる」という考え方が浸透しています。新型コロナ禍における社長からのメッセージなどは、まさに顧客に物を売るためのメールではなく、顧客と繋がり続けるためのものだといえます。すぐに利益にはつながりませんが、長期的に見て顧客を失うことにはなりえません。逆に、このタイミングで押し売りをすると、顧客はその企業やブランドに嫌気がさすでしょう。実は倫理的行動が、最もLTV(Life Time Value=顧客生涯価値)を最大化させるのです。

倫理的行動をとればLTVが最大化される

まとめると、EQを意識することこそが企業の倫理的行動であり、倫理的行動をとればLTVが最大化される、という構図です。半年に1回、個人の働きが評価されるような日本社会ですから、なかなかEQやROEやLTVが浸透しないのもうなずけます。しかし、個人的には、ウィズ・コロナの時代となり多くの企業がこれらの概念に目を向けざるをえなくなっていくと考えています。ただし、下心を持ちすぎた状態でEQを意識したメールを送ったところで、それは受け手に伝わってしまいます。今の時代に求められるのは、抜本的に会社のスタンスを見直すことなのかもしれません。