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米国南部テキサス州オースティンで3月8〜16日にかけて開かれたSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)2024に参加した。全体像を把握するだけで数日はかかる巨大イベント。当初はどう動けばいいのか分からなかったが、徐々に慣れ、最終的に動き方のコツがつかめた。来年以降、カンファレンスを中心にSXSWに参加される方へ向けて、筆者なりの「SXSWの歩き方」を共有したい。

「全コンテンツを見ようと思えば半年はかかる」

以前からSXSWの噂は耳にしていた。「30年以上の歴史がある」「街全体でライブが繰り広げられる」「カンファレンスでは未来予測が聞ける」。人によって抱く印象は異なるようだ。一体どんなイベントなのだろう。ずっと気になっていた。

今回、筆者はSXSWに初めて参加したわけだが、これまで参加したどのカンファレンス(イベント)とも様相が異なっていた。映画祭、音楽祭、カンファレンスなどが同時に展開される「巨大複合イベント」であり、コンテンツ数があまりにも多いこと。おおよそ2キロ四方という広いエリアに会場が点在していること。参加者が多すぎて人気のコンテンツはあっという間に長蛇の列ができること。要因は様々だが、ともかく海外カンファレンスの経験が豊富だと自負する筆者も、現地では右往左往しながら行動していた。

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SXSW公式アプリでカンファレンスのセッションを検索したところ、400件以上がヒットした。他にも映画やライブ、パーティー、企業ブース、体験型の展示など、無数にコンテンツが用意されている。筆者は「全部のコンテンツを見ようと思ったら半年くらいかかる」などと参加者と言い合っていたが、あながち冗談ではない。

現地で開かれたある食事会での一コマ。日本から毎年のように参加しているクリエーティブ・ディレクター、阿部光史さんがこう口にした。「初めて参加した時は何が何だか分からず、効率的に動けなかった。2回目の参加からようやくポイントを絞って落ち着いて見て回れるようになった」。阿部さんの発言はSXSWの規模を端的に表している。SXSWはあまりにも巨大なイベントであり、どうしても無駄な動きが多くなってしまう。まずはイベントの空気に触れて、翌年以降に入念な準備・計画のもと臨む。これが現実的だとは感じるが、動き方のコツを頭に入れて臨むことで、効率的な動きが可能になると思う。

渡航

当然ながら、SXSW参加のためには、まず開催地のテキサス州オースティンまで行かねばならない。日本からの直行便はなく、米国内で乗り継ぐことになる。

今回、居住する熊本から日本航空で羽田へ移動、ユナイテッド航空に乗り換えた。日本からの参加者の多くは、ダラスやヒューストン、サンフランシスコ乗り継ぎだったようだが、筆者は直前にチケットを購入したこともあり、シカゴでの乗り継ぎであった。ところがシカゴ発の便は出発が遅れ、オースティンへは夜遅くに到着した。

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熊本の自宅を出てから到着まで丸一日以上。SXSW開幕を翌朝に控え、精神的にやや辛かった。ただ、ダラス発オースティン行きの便も軒並み大きく遅延していたらしい。できれば開幕の2日前に到着しておくと安心だ。

市内の移動と宿

オースティンの空港に着くと、スマホでeSIMを設定した(日本のAmazonで購入。渡航前の事前設定も必要)。入れ替える必要がなく、しかも使い放題で非常に便利だった。空港からの移動はバスもあるようだが、今回はUberを利用。空港の駐車場が乗り場となっており、ターミナルからは5分程度歩いた。乗り場はSXSW参加者と思われる人たちで混雑しており、Uberのマッチングに時間がかかり少々焦った。

カンファレンスにありがちなことだが、会期中は周辺のホテル価格が高騰する。加えて筆者は諸事情で開幕が迫った時期に宿を予約することになり、市中心部は高級ホテルを除いて部屋が全く空いていない。やむなくAirbnbで探したところ、市中心部から徒歩30~40分の場所にあるコンドミニアムを見つけた。東京都内のホテルと比べて高額だが、オースティン市中心部のホテルと比較すると許せる範囲である。コンドミニアムの滞在は快適で、キッチンと洗濯機、乾燥機付きだったのが助かった。

宿から会場までの移動手段は、Uberや電動キックボード、レンタル自転車、徒歩があり、その時の気分や天候で選んだ。ただし、Uberや電動キックボードは円安やインフレもあって高額に感じる。例えば電動キックボードの料金は10分利用しただけで1000円近くに達し、金銭感覚がだんだん麻痺していった(熊本市内のレンタル電動自転車は10分で150円)。なお、市中心部から宿までは微妙に距離があるため、荷物をわざわざ置きに帰ることは現実的ではなかった。夜にライブやパーティーへ出かけることを考えると、市中心部の手頃なホテルを何カ月も前に予約するのがベストだと感じる。

会場は市中心部に点在しており、会場間の移動で10分以上歩くことも珍しくない。とはいえ電動キックボードや自転車を使うほどの距離でもないため、筆者は基本的に徒歩というか早歩きで移動していた。夜のライブやパーティーについては、時に15分以上歩くことにもなるため、時々Uberを使うこともあった。

気候と服装

テキサス州は暖かいと聞いていたが、滞在中の朝晩はひんやりしており、上着が必要な日も多かった。筆者は比較的薄手のダウンジャケットを朝晩着用していた。一日だけ極端に冷え込んだ日があり、その日は終日ダウンジャケットを着用した。

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一方、日中は基本的に暖かく、時にTシャツ短パンでもいいくらい暑い日もあった。ところがカンファレンスの会場は冷房が効いており、しばらく座っていると震えてくる。その際はさっとダウンジャケットや薄手のウインドブレーカーをバッグから出して羽織った。

この時期のオースティンの服装は、重ね着を基本とし、こまめに調整するのがよいだろう。

Wi-Fiを含む作業環境

会場内や道路沿いには椅子やテーブルが置かれている。ただ、数に限りがあるため日中はなかなか空いていない。コンセントの問題もあり、結局筆者は会場内で作業することはほとんどなかった。どうしても作業やオンライン会議への参加が必要ならば、スターバックスなどのカフェに入るか、会場外の通路の壁側に座るしかない。

会場内はWi-Fiが飛んでおり、パソコンでの調べ物など比較的快適に使用できた。通常、カンファレンスではWi-Fiが弱く、使い物にならないことがほとんどなため、驚いた。ただし、Wi-Fiが極めて弱く、かつスマホの電波も入りづらいセッション会場がいくつか存在する。確実にWi-Fiが使えるとは思わない方が無難かもしれない。

決済

少し横道にそれるが、オースティン市内はフードトラック含め基本的にクレジットカードが使用できる。筆者が利用した店で、「現金のみ」というケースはなかった。一方、「現金不可」の表示はカフェなどで見られた。

米国はチップが必要だ。ただしチップもクレジットカードで支払うことができる。とはいえ全く現金を持たないのも怖いので、熊本の銀行で細かい米ドル紙幣を購入して持参した。当初、現金を使う場面はあまり想像できなかったが、店員の気遣いへのちょっとしたお礼など、思いのほか細かい米ドル紙幣を使う場面は多かった。また、筆者は先述の通りコンドミニアムに滞在したが、もしホテルに滞在するならばチップ用の現金は必須である。いずれにせよ、多少は米ドルを持参することをおすすめする。

セッションや展示の攻略法

カンファレンスはメイン会場のコンベンションセンターや、周辺の高級ホテルで展開される。AIや未来予測、XRなどのトラックがあり、興味関心に応じて参加するセッションを選ぶことになる。ただし、同じトラックのセッションでも異なる会場ということがままあり、移動時間も考慮した上で計画を立てる必要がある。

計画を立てる際に役立つのが、先述のSXSW公式アプリである。セッションや展示の検索やスケジュール管理ができるもので、うまく活用すれば混乱することなくスムーズに行動できる。とはいえ、初めて訪れる会場の場合、会場の入り口や部屋が分からなかったり、満員で入室できなかったりといったことが起こる。筆者も何度かこうしたトラブルに見舞われ、結局参加を諦めたセッションもあった。ただし、多くのセッションで動画もしくは音源が公表されるため、割り切って展示や体験ブースをゆっくり回るという選択肢もある。

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カンファレンスのオープニングで、主催者が「JOMO」という言葉を紹介した。面白い出来事に取り残されているかもしれないと感じる不安をFOMO(fear of missing out)と呼ぶことは広く知られている。一方、取り残されているかもしれないという不安を感じず、静かで自立した道を歩むことをJOMO(joy of missing out)と呼ぶらしい。気をつけていないと、SXSWはFOMOを感じ続けることになる。興味深いセッションや展示、イベントが盛りだくさんで、参加できないものについて損したような気持ちになるのだ。筆者にとって、JOMOほどありがたいアドバイスはなかった。おかげで部屋に入れなくともストレスを感じることはなかったし、想像していなかった素晴らしい出会いは数え切れないほどあった。また、情報整理のために参加予定のセッションを飛ばしたこともあったが、JOMOの精神で充実した時間を過ごせた。JOMOを意識することで、SXSWは何倍も楽しめる。普段の暮らしでも常に意識したい視点だと感じた。

公式アプリでは、コンテンツの優先入場を予約できる。午前9時に翌日のセッションや体験を予約できる仕組みで、人気のコンテンツは争奪戦となる。1分未満で埋まるケースも多く、筆者が希望するコンテンツは残念ながら一つも予約できなかった。

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予約できなかった場合、開始前から並ぶことになる。人気スピーカーの基調講演の場合、長蛇の列ができる。筆者はある基調講演に1時間以上前から並んだが、入室した時には席が8~9割埋まっており驚かされた。

筆者が主戦場とするマーケティング系カンファレンスの場合、1つのセッションは20~45分間であることが多い。ところがSXSWは基本的に60分間。じっくり話を聞けるよさがある反面、想像した内容ではなかった場合、時間を取られるのが辛い。場合によっては別の部屋に移動する勇気も求められる。こうしたフットワークの軽さは、音楽ライブやコメディーイベント、映画、パーティーにおいても求められる。会期中は、参加者全員が「売れっ子お笑い芸人」並みの忙しさとなるため、軽やかなフットワークは常に意識しておきたい。

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体験系の展示は、是非とも立ち寄りたい。今年はXRの体験フロアがあり、様々な企業が出展していた。VRの場合、専用のゴーグルが必要で、かつ一回あたりの所要時間は15~30分間。公式アプリによる前日の予約が必要で、人気の体験は争奪戦となる。ただし、予約者が来場しないこともあり、その場合はタイミングよくブースを訪問すれば予約なしでも体験できるようだ。XR系の体験は、没入感が素晴らしく、是非体験してほしい。

企業やブランドが飲食店などを貸し切って、ブランドの世界観を体験できる展示もある。こちらは予約なしでも並んで入れた。SXSWの参加者でなくとも、時間はかかるが別のレーンに並ぶことで入室できるようであった。

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企業が休憩スペースを提供しているケースも多かった。セッションが展開される部屋のそばであったり、道路沿いの建物内であったり。通常はコーヒーなどの飲み物を提供しているが、朝食やランチ時には、食事も振る舞われていた。もし歩くのに疲れて、かつ時間に余裕があるのなら、利用したいところだ。

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日本人参加者のLINEグループへの参加もおすすめだ。筆者の場合、SXSW参加申し込み後、日本事務局からメールでグループの案内が届いた。300人以上がグループに参加しており、日本人参加者のうち数割を占める計算だ。会期中は、各人のおすすめ展示やライブ情報、レストラン情報などが流れてくる。特に初めての参加者の場合、グループへの参加は必須だと思う。

参加者同士の交流

マーケティング系カンファレンスだと、似た属性の人が集まる。一方のSXSWは、普段交わることのない職種、業種の人たちが集まる貴重な場である。隣の席の人には積極的に話しかけたいし、パーティーにも勇気を出して参加したい。

特におすすめなのがミートアップ(交流やネットワーキングを目的とするイベント)への参加である。「アジアのクリエイター」「イベントテック」そして「テイラー・スウィフトのファン」など、多数のミートアップが設定されている。どれか一つは自分の属性と重なるはずだ。筆者は「オーサーミートアップ」なるものに参加してみた。フィクションやノンフィクションの書籍を出版したことのある人が集まる場かと思いきや、脚本家や漫画家など参加者の属性はバラエティーに富んでおり、英語の「author」が持つ意味の広さを知るとともに、素晴らしいつながりが得られた。

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オーサーミートアップの様子

言葉の問題について、カンファレンスで開かれるワークショップであれば相応の英語力が求められるため、ハードルが高い。ただ、ミートアップであれば自分が何者で何をやっているのかだけを英語で説明できれば問題ない。事前に練習して臨めばクリアできる。もしどうしても居心地が悪ければ、部屋を出ても構わない。ミートアップはそもそも自由参加、自由退席が許される場である。

なお、こうした場に参加する人は、大抵リンクトインのアカウントを持っている(稀にインスタグラムでのつながりを求められることもある)。スムーズにつながれるよう、アプリを事前にダウンロードし、QRコードをさっと出せるように練習しておくことをおすすめする。

夜の過ごし方 ライブとパーティー

筆者はカンファレンス中心に参加したが、せっかく遠路はるばるSXSWに来たのだから、夜のライブやパーティーも楽しみたい。会期の後半になると、夕方頃から市内の様々なライブハウスや飲食店で、音楽イベントが繰り広げられる。

ただし、筆者のように日本の仕事と平行しながらSXSWに参加する場合、体力的に厳しいかもしれない。日本とオースティンの時差はマイナス15時間。会期中の日曜日にサマータイムが始まるので、それ以降は14時間となる。現地の午後7時は、日本の午前9時ないし同10時。ちょうど始業の時間である。筆者はそこから日本のタスクをこなし、一度寝た後、早起きしてSXSW関連の原稿を書いていた。時差ぼけと睡眠不足で、毎日夕方ごろには強烈な睡魔が襲ってきた。それでも、会期中の2日間だけは、日本の仕事をやりくりして外を出歩いてみた。

街を歩くと、様々な場所から演奏音が聞こえてくる。ロックにHIPHOP、テクノ、アンビエントなど、良い意味で統一感がない。音楽との偶然の出合いを楽しめる。会場から会場を歩いて移動するのは楽しい。

日本人の出演者で言うと、バックドロップシンデレラ、東京初期衝動、「即興音楽家僧侶」こと赤坂陽月さんのライブを鑑賞することができた。いずれも圧巻のパフォーマンスで、米国の参加者を魅了していた。筆者も感銘を受け、夜眠る前や歩いているとき、ふと彼らの演奏を思い出すことが滞在中や帰国後に何度もあった。

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「即興音楽家僧侶」こと赤坂陽月さん

台湾のバンド「Fire EX.」のライブは、個人的に夜のハイライトの一つであった。ボーカル・サムの心のこもった少し悲しげな歌声が、激しいリズムと絡み合う。メロディアスな演奏が、とにかく胸に響いた。

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Fire EX.

ライブ以外にも、招待を受けたとあるパーティーに参加した。パーティーの日本人参加者は筆者一人であったが、新しい友人が何人もでき、勇気を出して参加して本当によかった。

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コメディーフェスティバルの様子

他には、コメディーを鑑賞した。早口で、しかも笑いのツボが日本人とは異なり、全てを理解することは難しかったが、いい経験となった。

なお、ライブやパーティーの情報収集については、カンファレンス会場や道沿いの「張り紙」が頼りになる。SXSW会期中は柱という柱にイベントを告知するポスターが貼られるのだが、筆者はこのポスターで情報を集めていた。

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公式アプリでの検索は限界がある。また、ポスターは偶然の出会いが得られる意味で、なんだか楽しい。最先端テクノロジーの展示や未来予測が共有されるカンファレンスで、アナログなポスターが活用されていることは、個人的に興味深かった。

海外カンファレンスの世界に飛び込もう

ここまでSXSWの歩き方について、カンファレンスをメインに参加する方に向けて書いた。筆者自身も初めての参加であり、勝手が分からなかった部分もあるが、現時点で伝えたいことは書き切った。筆者自身、SXSWに限らずもっと多くの日本人に海外カンファレンスに参加してもらいたいという思いがある。海外カンファレンスに参加することで、新たな気づき、つながりが得られるし、何より自分が人生をかけて取り組んでいる仕事へのモチベーションが高まる。本稿は他の海外カンファレンスに参加する上でも役立つ内容だと思う。今回ご紹介した内容を参考に、ぜひ海外カンファレンスに飛び出していただけたら筆者冥利に尽きる。