ビジネスにおいて何かを判断する際、参考となるのが行動経済学です。コンテンツマーケティングにおいても、コンテンツの内容や方向性を決める上で大いに役立ちます。本稿では、行動経済学をコンテンツマーケティングに生かす具体的な方法について考察します。
行動経済学とは
ここは月曜日のオフィスです。休日気分がようやく抜けてきた正午ごろ、あなたはお昼ご飯を買うために外に出ました。「そういえば同僚が最近オープンした弁当屋の焼肉弁当がおいしいと言っていたな」。そう思い立ち、近くの弁当屋に向かいます。メニュー表に記載されていたのは、「梅・焼肉弁当500円」「竹・焼肉弁当750円」「松・焼肉弁当1000円」。どうやら肉の量で価格が変わるようです。少し迷いましたが、「最初だからとりあえず竹にしておくか」と750円の焼肉弁当を手に取りレジに向かいました。
上記の場面は、よくあるランチタイムの一コマです。しかし、こんな場面でも、行動経済学が関わってきます。
行動経済学とは、経済学と心理学の視点を組み合わせて、人間の経済行動について分析する学問です。一般的な経済学では「人は合理的に物事を判断し行動する」と考えますが、行動経済学では「合理的でない人間の経済活動」に焦点を当てて分析していきます。
上記の例は、「おとり効果」と呼ばれる行動経済学の典型的なものの一つです。世界的なベストセラー『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』の著書で知られるダン・アリエリー氏が証明しました。価格が高く、性能も優れている商品Aと、Aよりも価格は安いが性能は劣る商品Bがあったとします。この2つで迷っている場合に、Bよりも安く、性能が劣る商品Cがあったとすると、ちょうど真ん中の価値である商品Bを選ぶ人が増える傾向にあるといいます。
焼肉弁当の例でいえば、750円と1000円の商品しかなければ、どちらにするか迷う方も多いでしょう。商品自体の価値は2つの商品、3つの商品があるケースで変わらないにもかかわらず、選択肢が違うだけで商品の売れ行きが変わってきます。
行動経済学は今ではよく知られており、いまや多くのビジネスパーソンが認知しています。しかし、「コンテンツマーケティングをはじめとしたマーケティング施策にどう生かせば良いか分からない」という方も多いのではないでしょうか。
基本はマーケティング施策にあり
筆者も行動経済学の本を大量に読んできました。どの本も、理論と一緒にさまざまな事例を紹介しています。しかし、それは一つの場面を取り上げたものに過ぎず、マーケティング施策においてどのように生かせば良いかいまいち分かりません。また、紹介されている理論が多くて何から実践していけば良いのか迷う場合もあるでしょう。
行動経済学について筆者は、「マーケティング施策を補強するもの」と考えます。すなわち、基本はマーケティング政策にあり、行動経済学はあくまで一つの手段とするべきだということです。では、一番大切にしなければならないものは何かというと、やはりここでもペルソナとカスタマージャーニーマップだといえるでしょう。
例えば、スーパーや飲食店など、あらゆる店舗で発行されているポイントカード。ポイントカードは、行動経済学の観点から有効であることが証明されています。一つ挙げるとすれば、保有効果です。人は自分が持っているものの価値を高く評価する傾向にあります。1000円割引と1000円分のポイントでは同じ価値のはずですが、ポイントは自分のものであるため割引よりも価値を見出す傾向にあるのです。
しかし、自店舗の客は、本当にポイントカードに価値を見出しているのでしょうか。例えば、高級感がある雰囲気で、値段は高いもののこだわりの食材を使用している飲食店の会計時に「ポイントカードはありますか?」と尋ねられたら、あまり良い気分にはならないでしょう。自店舗のペルソナがどんな属性なのか見極めたうえで、どの行動経済学の理論を使うか選ばなければなりません。
カスタマージャーニーマップ作成の際、行動経済学が参考となります。カスタマージャーニーマップは顧客が商品を購入するまでの旅路(認知、情報収集、比較検討、購入)を示したもの。購入に向けて最後の一押しをする施策を考える場合に、行動経済学が役に立つのです。行動経済学には、人は得することよりも損失を恐れる性質を持っているという「プロスペクト理論」というものがあります。購入段階にいる消費者が「もしも買った商品が壊れてしまったら」と心配していた場合、プロスペクト理論から「商品の保証内容を説明する」という施策を採用することができるでしょう。
戦略もなく行動経済学を取り入れても十分な効果を発揮できません。まずは行動経済学を活用する上でも、まずはペルソナとカスタマージャーニーマップを設定することが大切です。
返報性の原理から見えるコンテンツマーケティングの本質
コンテンツマーケティングの本質を表した考え方が、行動経済学の中にもあります。それは、人は何かの施しを受けた場合、お返しをしたくなるという性質を持っていることを指した「返報性の原理」です。丁寧な対応をすればするほど、顧客はその対応に何かしらの形で報いたくなるものなのです。
何かを買うつもりもなくふらっと入ったのに、店員の丁寧な接客により何かを買ってしまう。多くの方が、一度は体験したことがあるでしょう。例えば服屋であれば、何度試着しても嫌な顔をせず服を持ってきてもらう、または家電量販店であれば商品についてネガティブな情報も含めてしっかりと説明してもらうといったことが挙げられるでしょう。
コンテンツマーケティングは、基本的に「ギブの精神」が求められます。相手が必要な情報を、適切なタイミングで届けなければなりません。ギブをしすぎるぐらいがちょうど良いといえるでしょう。「これだけ情報を出してくれるのか」と思ってもらえるコンテンツこそが、コンテンツマーケティングの理念に沿ったコンテンツです(だからといって相手が求めていない情報を大量に届けてしまっていてはノイズになってしまいます)。
ギブの精神を徹底しているコンテンツマーケティングの有名な例としては、米国のプール請負会社「リバープールアンドスパ」が挙げられるでしょう。同社は顧客が知りたいと思うような情報を、惜しみなく配信しています。例えば、ファイバーグラス製、コンクリート製、ビニールライナー性のプールの特徴や値段を解説しているコンテンツでは、それぞれの特徴や値段について解説しています。特徴的なのは、同社はファイバーグラス製のプールを提供しているものの、決して「ファイバーグラス製のプールがおすすめ」という視点には立っていないという点です。「あなたにとってベストなプールはどれか」という視点で、それぞれ平等に特徴を語っています。
自社にとって決して都合の良い情報ではなくとも、できるだけ発信することで顧客は「この企業にお返しがしたい」と思うようになるのです。ギブの精神を徹底したことで、同社はリーマンショック後の危機を乗り越え、売上げを伸ばすことができました。
「この情報をペルソナが受け取ったときに喜んでくれるか」。コンテンツマーケティングで大切にしたい視点です。
行動経済学の観点から見ても重要なペルソナ
筆者は日々コンテンツの制作に携わっています。制作過程でコンテンツの要素(小見出し)が増えていくケースもしばしばあります。構成段階では小見出しが4つほどだったのに、気付けば5つ、6つ、7つと増えていき、文字数がどんどん増えていってしまうのです。
制作段階、あるいは制作の途中で「もっと要素を入れた方がリッチなコンテンツすることができるのではないか」と思う気持ちもよく分かります。しかし、行動経済学的な観点からも、要素の多すぎるコンテンツはあまりおすすめできません。
人間は情報や選択肢が多すぎるとストレスを感じてしまう。そのような心理を表した行動経済学の考え方が「選択回避の法則」です。この法則を証明した実験では、24種類のジャムを試食販売するよりも、6種類のジャムを試食販売した方が、売上げが10倍近く良いという結果が出ました。この法則は、コンテンツにも当てはまるものだと考えます。
要素が多すぎるコンテンツは、オーディエンスをうんざりさせてしまいます。どれだけ貴重な情報を詰め込んだとしても、オーディエンスが読むのをあきらめてしまい、結果情報が全く伝わらないということもあるでしょう。
では、どのように情報をしぼっていけば良いか。やはりペルソナ次第でしょう。キーワードからのみコンテンツを制作しようとしてしまうと、どの情報が重要なのかがぶれてしまいます。行動経済学から見ても、ペルソナは重要なのです。
ただし、複数のトピックをまとめたピラーコンテンツはその限りではありません。情報をしぼるべきなのは、一つのトピックに関して説明するクラスターコンテンツです。クラスターコンテンツ内で別トピックについて触れなければならない場合は、コンテンツ内では軽く触れるにとどめ、別トピックについて説明しているクラスターコンテンツのリンクを張るなどして対応しましょう。
ここまで見てきたように、行動経済学を生かすにしても、コンテンツマーケティングはペルソナ・カスタマージャーにマップに始まり、ペルソナ・カスタマージャーニーマップに終わるといっても過言ではありません。戦略を立てた上で、決断に迷うときに行動経済学を参考にしてみましょう。