企業の発展のためには、優秀な人材を採用することが不可欠です。これまでは新卒一括採用が主流でしたが、「通年採用」の必要性が議論されるなど、採用市場は大きな転換点を迎えています。新型コロナウイルス感染症の影響により、採用活動を控える動きがいくつかの企業で見られますが、2021年卒の大卒求人倍率は1.53倍(リクルートワークス研究所調べ)、2020年7月の転職求人倍率は1.61倍(doda調べ)となっており、いまだ高い水準が続いています。企業は新たな手法で採用に取り組む必要が生じているといえるでしょう。そんな中注目を集めるのが、マーケティングの視点を採用に取り入れる「採用マーケティング」です。今回は、採用マーケティングに取り組むうえでの基礎知識を紹介します。

採用マーケティングとは

採用マーケティングの定義とは一体どんなものでしょうか。採用マーケティング視点を取り入れたソフトウェアを提供するクロアチアの企業「TalentLyft」のブログ記事では、以下のように定義づけています。

Recruitment Marketing is the process of building and communicating organization’s Employer Brand and Employee Value Proposition to attract and hire top talent.

採用マーケティングとは、優秀な人材を惹きつけ、採用するための「採用ブランド」「従業員価値提案(EVP)」の構築、伝達プロセスのこと。

ここで注目すべきは「伝達プロセス」という点です。マーケティングで用いられるカスタマージャーニーマップをもとに採用を設計することで、ぶれのない、一貫した採用プロセスを設計し、どのように求職者に自社の魅力を伝えていくかを考えていきます。

従業員価値提案(EVP)とは?

採用に限らず、ブランディングについては取り組んでいる企業も多いため、なんとなく想像できる方も多いでしょう。では、従業員価値提案(EVP、Employee Value Proposition)とは何でしょうか。米国のビジネスSNS運営会社「Linkedin」のブログ記事では以下のように解説されています。

An employer value proposition encompasses your organization’s mission, values, and culture, and gives employees a powerful reason to work for you. It’s everything your company can offer as an employer, in exchange for all the skills and experience your employees bring to the table.

従業員価値提案とは、組織のミッション、価値観、文化を包括しており、従業員が自社で働く強い理由を与える。これは従業員のスキル、経験と引き換えに、雇用主として会社が従業員に提供できる全てのものだ。

すなわち、社員が自社で働く理由を明確にする(=自社のファンになってもらう)ことともいえます。例えば給与といった報酬面のことかもしれませんし、福利厚生を整えることかもしれません。そういった分かりやすいものでない企業風土や、そこで働く人の雰囲気を文章で定義することかもしれません。「理念への共感」も理由の一つになるでしょう。もともとは社員のエンゲージメントを高めるための考え方ですが、この考え方を念頭に置くことで、採用における「自社の強み」を明確化できます。

潜在層から入社後までアプローチ

採用マーケティングで特徴的なのは、「潜在層にアプローチする」という視点を重要視していることです。新卒採用であれば、自社の業界に全く興味がなかった学生にどのように興味を持ってもらえるか考えます。一方、中途採用であれば、転職の意思があまりない潜在層に向けて「この会社はおもしろそうだ」と興味を持ってもらえるよう取り組みます。

また、従来の採用手法では「採用がゴール」という考え方が一般的でしたが、EVPの定義にも表れているように、「採用後の社員が活躍できているか」にも目を配ります。一見、採用後の社員は今後の採用活動に関係ないと思われるかもしれませんが、既存社員の推薦をもって採用に至る「リファーラル採用」が注目されていることで、採用後にも目を向ける見方が出てきました。

採用にマーケティング視点が必要になった理由

なぜ、採用にマーケティング視点が必要なのでしょうか。理由の一つは、少子高齢化の影響で働き手が減少しているため、従来のようにナビサイトで広告を打つだけでは人材が集まらないためです。そのため、潜在層にどれだけアプローチできるかが採用の成否のカギを握ります。

もう一つの理由としては、「キャリア観の多様化」が挙げられます。日本が高度成長にあり、所得や消費が無条件で伸びていた時代であれば、「給与が上がる」「昇進する」といった理想のキャリアイメージを大多数の人が持っていたことでしょう。しかし、現在は以前のような飛躍的な経済成長は見込めず、キャリア観も多様になりました。もちろん、「多く稼ぎたい」「出世したい」と望む方もいらっしゃると思いますが、「プライベートとのバランスを取りたい」「多少稼げなくても好きな仕事を続けたい」と考える方も多いのではないでしょうか。

従来からあるナビサイトのような採用広告媒体の求職者から見た利点は「同じフォーマットにさまざまな企業が情報を掲載していることで、条件を比べられる」というものでした。キャリア観がある程度一定だった時代ならば、このような手法は効果が大きかったでしょう。しかし、キャリア観の多様化が進んだ現在では、自社の魅力は何か、その魅力をどう伝えればいいのかについてさまざまな視点から考える必要が出てきたのです。

採用マーケティングの考え方

ここで、採用マーケティングの考え方を可視化するために、「キャンディデイトジャーニーマップ」を紹介します。なお、「ペルソナ設定(求める人物像)」など、考えなければならないことはほかにもありますが、これらのことは「採用ブランディング」の記事で詳しく説明します。

キャンディデイトジャーニーマップ

マーケティングでは、「認知」「情報収集」「比較検討」「購入」といったペルソナの態度変容をまとめたカスタマージャーニーマップという考え方を用います。これを、採用版にまとめたものが「キャンディデイトジャーニーマップ」です。先ほど登場したTalentLyftのブログでは、「Awareness(認知)」「Consideration(検討)」「Interest(興味)」「Application(志願)」「Selection(選考)」「Hire(採用)」と6つの領域に分けています。そして、この過程で求職者は「求人広告を見る」「採用サイト(採用オウンドメディア)を見る」「会社のFacebookページを見る」「イベントで人事担当者と話す」といった行動を取るとのことです。

キャンディデイトジャーニーマップで採用までの流れを分かりやすくすることで、「求職者はどんな行動を取るのか」「どんな感情になっているか」を整理しながら考えることができます。ここで注目すべきは、「認識」「検討」「興味」の段階にいる求職者です。この段階に目を向けることで、「潜在層にアプローチするためにはどうすれば良いか」考えやすくなります。

採用後に自社へのエンゲージメントを高めることで次の採用につながる

入社後に活躍し、「Internal Communications」で会社へのエンゲージメントを高めることで、効果的なリファーラル採用に結び付きます。リファーラル採用を進めていない、という企業であっても、会社説明会やインターンシップでエンゲージメントの高い社員に自社の魅力を語ってもらうことができます。

(Internal Communicationsについてはこちら)社内報にオウンドメディア 自社で使えるコンテンツマーケティングを紹介

採用と相性が良いコンテンツマーケティング

採用をマーケティング視点で見てみると、採用とコンテンツマーケティングは相性が良いことが分かります。米国のContent Marketing Instituteによるコンテンツマーケティングの定義は「顧客にとって価値があるコンテンツを一貫して配信し、コンテンツの受け手を惹きつけ、関係を継続し、最終的には収益につながる行動を取ってもらうという戦略的なマーケティング手法」です。顧客を「求職者」、収益を「採用」と置き換えてみるとよいでしょう。求職者がキャンディデイトジャーニーマップのどの段階にあるのか見極め、適切なタイミングで求職者にとって有益なコンテンツを配信する。そうすることで、「求職者ファースト」の一貫した採用活動が可能となるのです。

(コンテンツマーケティングについてはこちら)コンテンツマーケティングとは? 定義と仕組み、コンテンツの種類を解説
(採用オウンドメディアについてはこちら)採用オウンドメディアとは 事例や成功のポイントを解説