「人材採用の基本はヒト、モノ、カネである」。これは、筆者が人材採用広告会社で勤務していたときによく耳にした言葉です。「求めている人材が採用できない」「そもそも応募が少ない」という採用担当者はこの基本に立ち返り、「不足しているリソースはないか」「適切に運用できているか」と常に振り返らなければなりません。今回は「モノ」の一つである「採用オウンドメディア」について、事例を交えながら解説していきます。
採用オウンドメディアとは
採用オウンドメディアとは、「自社で運用する採用に特化したメディアのこと」です。一般的にはウェブメディアの形態を指します。
自社ホームページ内に採用ページを設けており、すでに運用しているという方もいらっしゃるかもしれません。しかし、採用オウンドメディアは「自社ホームページの中の一つのコンテンツ」を指しているのではなく、「採用に特化した独立したウェブメディア」のことを指します。採用ページは「応募を受け付ける受け皿」、採用オウンドメディアは「自社の求める人材が応募してくれるよう、採用に特化して自社をブランディングするメディア」と分けて考えると良いでしょう。
採用オウンドメディアに用意するコンテンツとしては、「社員インタビュー」「社風や社内制度の紹介」「社内イベントのレポート」などがあります。自社ホームページの採用ページにもこのようなコンテンツが用意されている場合がありますが、これらについてどちらかというとジャーナリスティック、つまり第三者的な立場で取り上げたものが採用オウンドメディアと言えます。
採用オウンドメディアに取り組むべき理由
近年、採用市場は少子化の影響などもあり、求職者に有利な「売り手市場」が続いています。リクルートワークス研究所のまとめによると、2020年卒の大卒求人倍率は1.83倍です。これは大卒の学生1人当り1.83件の求人があるということです。この状況は中途採用市場でも変わりません。転職サイト「doda」の統計によると、2020年5月の中途採用求人倍率は2.03倍。新型コロナウイルスの影響で企業が採用を控えたため、前月比0.55ポイント減ですが、求人倍率が高水準であることに変わりはありません。
すなわち、業種によっては求職者優位であるため、企業が自社をブランディングし、求職者に振り向いてもらうために能動的に情報を発信する必要があるのです。従来は大手の採用広告媒体に自社を掲載してもらう手法が主流でしたが、それだけでは自社の差別化が難しくなっています。さらに、ワークライフバランスの観点から、求職者は積極的に企業の情報を探すようになりました。このことからも、自ら積極的に情報を発信できない企業は、採用市場で後れを取ってしまう可能性があると言えます。
「今回のコロナウイルスの影響もあって求人倍率は下がるかもしれない。そうすれば売り手市場の状況も変わるだろう」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、このような「予測のできない状況」だからこそ、求職者が「自分に適した会社はどこか」と情報を求める傾向はより強まると言えます。このような観点から、自社の情報を発信する採用オウンドメディアの重要性は高まっているのです。
採用オウンドメディアの事例
採用オウンドメディアにはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは、それぞれ特徴のあるメディアの事例をいくつかご紹介します。
サイボウズ式(サイボウズ株式会社)
ソフトウェア開発会社、サイボウズ株式会社(東京都中央区)の採用オウンドメディアです。こちらは採用オウンドメディアのオーソドックスな例と見ていいでしょう。同社の企業風土を紹介する記事から、「働き方とは」「会社とは」と考えさせる記事もあります。同社の理念は「チームワークあふれる社会を創る」ですが、サイボウズ式を見てみると、「理念を実現するために大切にしたいこと」が一貫して見えます。
冒頭で筆者が人材採用広告会社に勤務していたときのことをご紹介しましたが、「企業のファンをどのように増やすか」といったことはどこの企業でも常に課題に挙がっていました。「ファン化=企業の理念への共感」と置き換えると、サイボウズ式のようなブランディング手法は大いに参考になることが分かります。
SCIENCE SHIFT(沢井製薬株式会社)
サイボウズ式の場合は「企業へのファン化を進める」といった観点で見ていきましたが、ジェネリック医薬品(後発医薬品)メーカー、沢井製薬株式会社(大阪市淀川区)の採用オウンドメディアは「ジェネリック医薬品への理解とファン化を進める」という狙いが見えます。
ジェネリック医薬品メーカーにとっての採用競合は同業者だけでなく、新薬メーカーも強力な競合相手になります。「薬の開発に携わりたい」と考える求職者にとって、新薬の開発というのは魅力的で、花形のように思えるようです。そこで、同社の採用オウンドメディアでは「ジェネリック医薬品メーカーで働く魅力を伝える記事を配信しています。このサイトの注目すべき点はそれぞれの記事で、「製薬業界」「ジェネリック医薬品メーカー」についての入門書ともいえるホワイトペーパーの無料ダウンロードを促している点です。それだけでなく、就活に関連した記事には、就活生向けのホワイトペーパーも用意されています。
「沢井製薬は就活生を応援する。ジェネリック医薬品に興味が出てきたら少しのぞいてみて」といった謙虚で好感の持てる姿勢が、このサイトからはうかがえます。
BUYSELLER(株式会社BuySell Technologies)
株式会社BuySell Technologies(東京都新宿区)はリユース事業を行っている会社です。同社の採用オウンドメディアには大きな特徴があります。それは、「コンテンツが動画中心」である点です。
採用オウンドメディアは記事形式のものが多く、このように豊富に動画が用意されているケースは珍しいといえます。採用オウンドメディアに限らず、オウンドメディアの新しい主流になるかどうか、これからの推移に注目していきたいところです。
採用オウンドメディアを成功させるポイント
採用オウンドメディアについてのイメージが膨らんだところで、ここからは成功させるポイントについて解説します。オウンドメディアの基本について知りたい方は「オウンドメディアの基礎 成功のポイントとコンテンツマーケティングでの位置づけ」をご覧ください。
採用オウンドメディアを宣伝する
コンテンツマーケティングを進める上でも大事なポイントですが、これは採用オウンドメディアでも同様です。せっかく力を入れた採用オウンドメディアを作っても、見てもらえなければ意味がありません。
自社のSNSアカウントがあれば積極的に活用しましょう。自社ホームページや採用広告に分かりやすくリンクを設置することも必要です。新卒採用の場合は、大学訪問や自社の説明会(ウェブ説明会)など、学生と出会う場面で紹介することも忘れてはいけません。採用オウンドメディアが充実していれば、学生の自社への理解も深まり、ミスマッチを防ぐことにもつながります。
動画を活用する
BUYSELLERの例でも見ましたが、動画は採用において重要なコンテンツといえます。新卒採用や、中途採用でも比較的若い方をターゲットにする場合は特に重要といえるでしょう。
理由は若い方の「動画への親和性の高さ」にあります。動画共有サービスのYouTubeはもちろん、ショートビデオプラットフォームのTikTokなど、若い方は日常的に多くの動画に触れています。ここでポイントとなるのは「長すぎる動画はご法度」ということです。ターゲットとなる層はパソコンよりもスマートフォンやタブレットで動画を見る機会が多いでしょう。動画を見る機会が多いと言っても「じっくりと見ている」のではなく、「スマートフォンでさっと見る」といったケースがほとんどです。動画内でも重要なことから先に伝えるようにしましょう。
ターゲットに響くコンテンツは何か考える
筆者の記事で何度も登場するこの言葉ですが、採用オウンドメディアにおいてはより重要となります。ターゲットに響くコンテンツを用意し、自社への共感が高まった応募者が集まれば、より採用成功につながります。逆に言えば、「ターゲットを無視してなんとなく数だけそろえたコンテンツ」を見た求職者が応募し、入社後にミスマッチが起こると、採用する側もされる側も不幸なことになります。その影響は互いにとって大きいものとなるため、採用オウンドメディアに用意するコンテンツの狙いを明確にすることが重要なのです。
ありのままを伝える
採用オウンドメディアには「ありのままを伝える」といった透明性を確保しておく必要があります。求職者は能動的に情報を探しています。最近では採用に関する口コミサイトも多く、自社にとってネガティブな書き込みもあるかもしれません。「隠す」といった意図はすぐに求職者に伝わり、悪い印象を持たれてしまいます。
「ネガティブな情報かな」と思うものであっても、ありのままを伝えることで求職者は安心します。ミスマッチを防ぐためにも、出せる情報は積極的に出していきましょう。
採用オウンドメディアは採用以外にも活用できる
採用オウンドメディアは採用のためだけのものではありません。なぜならば、自社の採用オウンドメディアを見て応募してきた求職者が採用に至らなくても、その求職者は「お客様」や「取引先」として関係が続いていく可能性もあるからです。採用活動の入り口となる採用オウンドメディアでよい印象を持ってもらえれば、採用の結果問わず自社のファンになってもらえるかもしれません。また、自社の理念や魅力など新入社員の教材となるようなコンテンツを用意できれば、入社後の新人教育で使用できるでしょう。
採用オウンドメディアはコンテンツマーケティングと同様にアセット(資産)となります。採用広告やSNSなど、現在活用している採用手法と組み合わせながら、適切に運用していきましょう。