ストーリーを語るストーリーテリングは、コンテンツマーケティングの代表的な手法の一つです。海外ではストーリーテリングを活用したコンテンツが広く普及しており、コンテンツマーケティングに取り組む上で参考になる事例であふれています。本稿では、ストーリーテリングのノウハウを学べる5つの事例についてご紹介します。

サブウェイのダイエットストーリー

ファーストフードチェーンのサブウェイは、20年ほど前にストーリーを活用したキャンペーンを展開しました。キャンペーンによって同社は、「サブウェイ=ヘルシー」というイメージを定着させることに成功しました。

ストーリーは、体重約190キロの大学生がサブウェイ・サンドイッチを1年間食べ続けながら運動し、体重を半分近く落としたというもの。大学生を最初に取り上げた学生新聞の記事が回りまわってサブウェイの目に留まり、男性を取り上げたコマーシャルを作成することになったのです。

大学生の足跡を紹介したロサンゼルス・タイムズの記事によると、キャンペーンは約20年続いたといいます。ストーリーの力の大きさが分かる事例といえるでしょう。キャンペーンを皮切りに、サブウェイは自社の商品を食べながら減量に成功した人々のストーリーを紹介するようになりました。

大学生が出演したサブウェイのCM(YouTubeより)

一般的に、ファストフードは健康に良くないというイメージがあります。だからといって「自社の製品は健康への害がありません」と直接的な宣伝を展開しても、人々は信じません。ストーリーだからこそ人々を惹きつけ、記憶に残るメッセージを発信できるのです。ストーリーは企業やプロダクトのイメージを変える力を持っています。

ボルボの『A Million More』

車に乗る際に何気なく装着しているシートベルトには、「二点式」と「三点式」があります。一般的に見られる三点式シートベルトは、肩と腰を固定するものです。一方、二点式シートベルトは腰だけを固定するもので、余程古い型式の車でなければ見かけることはないでしょう。

三点式シートベルトは、スウェーデンの自動車メーカーであるボルボが開発し、1959年に実用化されました。今でこそ当たり前に実装されている三点式シートベルトですが、実用化当初は冷たい目が向けられていたようです。同社の動画コンテンツ『A Million More』では、当時の反応を振り返り、いかに三点式シートベルトが人々の命を救ってきたかをストーリー仕立てで伝えています。

『A Million More』の一場面(YouTubeより)

動画はモノクロ。椅子に座った少女や女性、高齢男性らが、紙に書かれた文字を読んでいきます。伝えられるのは、ボルボが三点式シートベルトを導入した際のメディアや人々の反応です。

「シートベルトは人権への脅威だ」
「車内に閉じ込められるよりは車外に投げ出された方が安全だ」
「誰も私の人生について指図することはできない」
「シートベルトを着用することは愚かな考えだ」

今では信じられないような言葉が並びます。その後、彼らは自らの事故の経験、そしていかにシートベルトが命を守ってくれたかを語ります。それぞれのストーリーが語られた後、「これまで、シートベルトは100万人以上の命を守ってきた」という言葉が続きます。

動画に出てくる人々は神妙な面持ちで、時には涙ながらに語っています。見ている側の感情を揺さぶる内容です。コンテンツは同社の過去の功績を伝えるものではなく、「未来への姿勢」を示しています。動画は「2020年、全ての新車にスピード制御装置を導入した」「次のステップは、酒に酔った状態や注意散漫状態のドライバーを感知するカメラを導入することだ」「そうすれば、さらに100万以上の命を救えるだろう」という言葉で締めくくられます。ボルボの新たな取り組みは、さらに新しい議論を生むものとなるでしょう。

SDGsなど「企業として社会的な責任を果たす」という姿勢は、ビジネス界のトピックワードです。企業が社会的な取り組みをアピールしたい場合、ボルボのコンテンツの構成は参考とすべき事例でしょう。

ハギーズの感情に訴えるストーリー

ハギーズは、使い捨ておむつを約80カ国に届けているおむつブランドです。日本ではあまりなじみのないブランドですが、米国ではパンパースと同様に愛用されています。ハギーズはパンパースに勝つため、ストーリーの力を活用したキャンペーン「抱きしめられていない赤ちゃんはいない」を展開しました。

ハギーズは、パンパースとのシェア争いに敗れ続けていました。敗因は、パンパースがカナダの産婦人科医院の契約を全て押さえていたことにあります。母親は入院中にパンパースのおむつを使い、そのほとんどが退院後も使用を続けていたのです。シェアを奪うために商品の性能をアピールしてしまいがちな展開ですが、ハギーズは母親の感情に訴えること、そして母親たちを“教育”することに努めたとのことです。

キャンペーンの主軸は、抱っこによる赤ちゃんへの効果を伝えることにありました。抱っこは赤ちゃんが安心するだけでなく、病気を防ぐ免疫システムを作るという効果もあることを母親に伝えたのです。しかし、データをそのまま示すという手法は取りませんでした。赤ちゃんが生まれた瞬間に母親が涙を流しながら赤ちゃんを抱っこする映像と共に、抱っこによる効果を伝えたのです。動画では、母親が夫に付き添われながら入院する姿も描かれています。数種類の動画がありますが、病院のスタッフによる効果の解説を交えたものもあります。

ハギーズの動画の一場面(D&ADより)

キャンペーンでは、赤ちゃんを抱っこするボランティアスタッフを病院に派遣するという取り組みも進められました。商品が直接宣伝されることは一切なかったのにも関わらず、キャンペーン後のハギーズの売り上げは30%増加したといいます。オンライン広告は業界平均の12倍のクリック率、ソーシャルメディアのエンゲージメント率(リツイート数やコメントなどソーシャルメディア上での反応率)は同3倍と、大きな反響を得ました。ストーリーがどれだけ人々の感情を揺さぶるのかを示す好例といえます。

パタゴニアの「ウォーン・ウェア」

米国のアウトドア衣料品ブランドのパタゴニアでは、「ウォーン・ウェア」という取り組みを始めました。取り組みの内容は、同社の古着を自社からユーザーから買い取り、販売するというもの。同社の古着を店舗に持参、または郵送することで、店頭で使用できるギフトカードを受け取れます。まだ米国の店舗で始まったばかりの取り組みですが、日本でも2021年9月まで東京・渋谷でポップアップストアがオープンしていました。

同社の日本版サイトによると、取り組みの背景にある理念は「環境保護」。同社CEOのローズ・マーカリオ氏は「修理は急進的な行為」として、取り組みに込めた思いを綴っています。ウォーン・ウェア専用のインスタグラムアカウントもありますが、特徴的なのはストーリーを前面に出しているという点です。アカウントのプロフィール欄には「着ることについてのストーリーを祝う」と記載されており、投稿では同社のウェアを愛用しているユーザーがストーリーを語っています。ストーリーの内容は主に、ユーザーのウェアに関する思い出です。あるロッククライマーを取り上げた投稿では、同社のウェアを着用してあらゆる場所を登り続けたというストーリーが語られています。日本版のアカウントでも同様に、同社のウェアを着用した際のストーリーが語られています。

ウォーン・ウェア専用のインスタグラムアカウントの投稿(ウォーン・ウェアの公式Instagramより)

日本版サイト内にある渋谷のポップアップストアの店内の様子を写した動画を見ると、店舗内でもウェアにまつわるストーリーを語る展示物が並んでいることが分かります。ウェアに付けられているタグには、かつての持ち主からのメッセージが記載されているようです。メッセージでも服に関するストーリーが語られています。

イケアのビデオシリーズ「イケアホームツアー」

ストーリーテリングというと、「ドラマや映画のような壮大な物語を描かなければならない」と考えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。前述のサブウェイのダイエットチャレンジについては、ドラマ仕立てとなっている部分もあり、「そんな魅力的なストーリーはない」と思ってしまいがちです。しかし、「お客様の声」という身近な話題でストーリーを作ることで、ストーリーテリングのハードルは下がります。

家具量販店のイケアでは、「イケアホームツアー」というお客様の声を使った動画シリーズを配信していました。筆者が確認したところ2年前で更新が止まっているようですが、約400回も続いていたシリーズです。各回2~3分、多いものでは数十万回の再生回数を稼いだ人気コンテンツとなっています。

内容は、イケアの家具を使ってユーザーの自宅の模様替えをするというものです。自宅に関する不満点をユーザーが話しながら、イケアのスタッフが模様替えを進める様子を描いています。リフォームとまではいいませんが、構成はあたかも日本で不定期で放送されている某人気番組のようです。

(キャプション)イケアホームツアーの動画ではスタッフがユーザーの模様替えを進めていく(YouTubeより)

イケアホームツアーでも、典型的なストーリーテリングの手法が用いられています。主人公=ユーザー、イケアのスタッフが存在しており、課題=自宅の不満があり、その課題をイケアがどのように解決していくか、という流れです。ドラマ仕立てのストーリーでなくても、ユーザーという身近な存在からもストーリーは導き出せるのです。

共通しているのは主人公が課題に立ち向かう姿を描いていること

ストーリーは主人公と課題があって初めて成り立ちます。主人公が課題に立ち向かい、解決していく姿に人々は魅了されるのです。今回ご紹介した事例でも、主人公である企業が何かしらの課題に立ち向かっていく姿を描いています。自社が抱えている課題から、ストーリーを導き出してみましょう。どんな企業にも、上質なストーリーは眠っているものです。