「カルトブランド」という言葉をご存じでしょうか。北米で生まれたとされる概念で、カルト的な人気を誇り、熱狂的な「信者」を抱えるブランドのことを意味します。そして、カルトブランドを目指すブランディング手法を、「カルトブランディング」と呼びます。本稿では、カルトブランディングの定義や、一般的なブランディングとの違いについて見ていきましょう。
ポスト・コロナの時代に求められるカルトブランディング
筆者は今年2月、他に類を見ないカルトブランディングのカンファレンス「The Gathering」に参加しました。カナダの雪深い町・バンフで開かれたこのカンファレンスでは、コカ・コーラやアンダーアーマーなど、日本でもよく知られたブランドの担当者が登壇。顧客を「信者」とするために何をやってきたのか、そのメソッドをプレゼンしました。
カンファレンスの感想は「驚き」の一言に尽きます。誰もが知るグローバルブランドが、カルト宗教と数多くの共通項のあるメソッドを使っていたからです。
日本においては、「カルト」というワード自体が非常にセンシティブな存在となっています。したがって、カルトブランディングについて言及した記事も、諸外国と比較すると極めて数が少ないものです。
なぜ今、筆者がカルトブランディングに注目するのか。それは、新型コロナウイルスのパンデミックも理由の一つにあります。
パンデミックによって、世の中のあらゆるものがデジタル化し、時代が10年進むと言われています。つまり、これまでは比較的シンプルなオフライン施策が中心だったBtoCのブランディングも、一気にオンラインへとかじを切る必要が出てきたのです。
オフラインの場では、比較的簡単に「信頼」を獲得できます。しかし、オンラインの場では、フィジカルな付き合いができないためなかなか難しい。そこで力を発揮するのがカルトブランディングです。
詳しくは後述しますが、カルトブランドの顧客たちは「信者」となり、周囲にブランドとの関わりについてさかんにアピールします。つまり、「伝道師」としての役割も担うのです。
マーケティングの世界では、昔から口コミが最強のメディアと言われてきました。カルトブランドの「信者」は、自発的にブランドとの関わりをアピールし、口コミをオンラインとオフラインの両方で発信してくれる。すると、消費者は一気に購買行動に走るという構図です。カルトブランディングが、フィジカルな交流が難しくなり、かつ広告の効果が薄れつつあるポストコロナの時代にこそ求められる理由です。
カルトブランドの定義
ここでは、カルトブランディングの定義を確認しておきたいと思います。
カルトブランディングという概念が生まれたのは北米とされます。関連書籍も必然的に北米で出版されたものが多くなります。最も分かりやすい定義は、マシュー・W・ラガス、ボリバー・J・ブエノの2人が執筆した書籍『カルトになれ!』(マシュー・W・ラガス、ボリバー・J・ブエノ(2005)『カルトになれ!:顧客を信者にする7つのルール』安田拡訳、フォレスト出版)に書かれたものでしょう。
企業、人間、場所、組織を、実際に「好きなブランドのためなら身をささげる信者」の集合体に変えるプロセスを指す。
ここで言う「好きなブランドのためなら身をささげる信者」とは、「ブランドとの一体感を持ちつつ、目に見えるさまざまな方法でブランドとの関わりを示す顧客」を意味するそうです。「信者」になりえる存在として、人間だけでなく企業、場所、組織も含まれるのが興味深いですね。
私たちが「ブランディング」という単語を聞いたとき、BtoC企業を思い浮かべることが多いかと思いますが、この定義を見るとBtoB企業であってもカルトブランディングは可能なようです。
また、「信者の集合体」とあるように、単体の人間や企業が「信者」となっただけでは、カルトブランドとは呼べません。「信者」が「集合体」として大きな存在となってはじめてカルトブランドと呼べるようです。
先述の「目に見えるさまざまな方法」とは、オンラインオフライン問わず、さまざまな場所でブランドとの関わりを示す行為を指します。例えばオンラインの場合、TwitterやFacebook、InstagramといったSNSで、ブランドを使っていることを写真とともにアピールしたり、ブランドへの愛を明かしたりといったことが考えられます。
オフラインの場合、単なる口コミを超えて、例えばいかに自身がブランドと一体感を持っているか、知人友人に直接かつ自発的に推奨することが考えられます(ちなみに推奨したり支持したりする行為をアドボケイトと呼びます)。
これらの動機としては、自慢して優越感を感じたいケースもあるでしょうし、「いいね!」を押してもらい承認欲求を満たしたい(自分の見る目が確かなことを認めてもらいたい)ケースもあるでしょう。しかし、本人ははっきりとは自覚せず、ブランドに「陶酔」「熱狂」していることが一般的です。
カルトブランドのノウハウを学ぶカンファレンス「The Gathering」のメディア担当ディレクター・ジェイソン キナー氏は、カルトブランディングの定義について、筆者に対しこう補足します。
消費者の非合理的な忠誠心を勝ち取ることで、業界やカテゴリーを支配する。これこそがカルトブランディングの本質なのです。
ブランドとの関わりを自らアピールしてくれる、つまりブランドが求めていないのに「伝道師」としての役割を顧客が担う状態は、一見、合理的ではないように見えます。しかしながら、こうした状態を意図的につくりだすことがカルトブランディングの本質だというのです。
また、「業界やカテゴリーを支配する」という部分からすれば、「伝道師」のボリュームも重要のようです。熱狂的なファンが1人いても、それはカルトブランドとは呼べません。業界やカテゴリーを支配できるほどまでに、多数の「伝道師」を抱えるブランドこそが、カルトブランドと呼べるものです。
ブランディングとカルトブランディングの違い
ここでは、カルトブランディングは通常のブランディングと何が違うのか、という視点で解説していきます。
先ほど登場したキナー氏は、筆者にこう語りかけます。
「消費者は今後ますます広告を無視するようになるでしょう。企業の平均寿命が短くなっている今、ブランドは持続的な成長をより強く意識する必要があります。過剰に広告費をかける古いマーケティング手法は、ブランドを死のスパイラルに陥れるだけなのです」
過剰に広告費をかける古いマーケティング手法――。ある意味、現代におけるブランディングとはこれを否定している部分もあり、その点では何が違うのかよく分かりません。カルトブランディングとブランディングはもしや同じものなのでしょうか。
カルトブランディングはその名の通り、「カルト宗教」からヒントを得ています。カルト宗教の信者が持つ「異常に高い忠誠心」の秘密はどこにあるのか。この観点において、カルト宗教の学術研究や書籍から、ブランディングやマーケティングに使えるノウハウやメソッドを抽出して生まれたとされます。
つまり、ブランディングに使えるメソッドをカルト宗教から抽出したものがカルトブランディングであり、古典的なブランディングの手法と重なる部分も大いにあるのです。
ブランディングとは、マーケティング戦略の中に位置づけられることが多い概念です。何かしらの手段によって信頼を獲得し、(主に)消費者から認知や忠誠心を獲得していくというもの。この意味で、カルトブランディングとの違いは存在しません。
しかし、広告のみによるブランディングが主流となった結果、消費者はブランドに振り向いてくれなくなってきています。キナー氏は、主流となっているマーケティング手法に依存することについて、警鐘を鳴らした上で、こう述べます。
消費者のエンゲージメントを高め、ブランドの文化を大切にする。このように、古いマーケティング手法ではなく、組織化されたカルト宗教に似た原則を守るブランドは成功しています。
つまり、思想や目的は同じ両者ですが、カルト宗教からヒントを得たアプローチ方法を取り入れたものが、カルトブランディングであるといえます。
カルトブランディングのキーワード
「The Gathering」では、カルト宗教に共通するキーワードについて紹介がありました。
- 違い
- 愛
- コミュニティー
- 相互作用
- 相互責任
- イデオロギー
- 象徴主義
- 神話
- コミットメント
- 誘惑
- 逸脱管理
- リーダーシップ
これらの単語の羅列を見ていると、だんだん怖くなってきます。しかしながら、「違い」「愛」「コミュニティー」「相互作用」「コミットメント」「リーダーシップ」などは、ブランディングやマーケティングの世界でも目にすることのある単語です。
また、「象徴主義」はブランドのロゴやイメージカラー、エバンジェリストといったものを連想させますし、「神話」はブランドのストーリーと非常に近しいものです。何らかの「誘惑」がなければ消費者はブランドに振り向いてくれないでしょう。行動を制約する思想や信条を意味する「イデオロギー」は、企業やブランドの一貫した活動のためには必要なものともいえます。
つまりカルトブランディングとは、カルト宗教が持つメソッドのうち、ブランディングやマーケティングに使えそうなもの「だけ」を抽出し、それを企業が使いやすいように体系化したものといえるでしょう。先ほど紹介した単語の大半は、カルトブランディングにおけるキーワードでもあるのです。
現在、新型コロナの感染拡大によって、飲食業や宿泊業、サービス業を中心に非常に厳しい局⾯が続いています。しかしながら、ひとたび「信者」になれば、顧客は⾮常時においても「ブランドとともに⽣きていきたい」と考えるでしょう。つまり、ブランドが業態を変えたとしても、ミッションやビジネスゴールの軸がぶれず、「顧客第一思考」を継続すれば、顧客はついてきてくれる可能性が出てきます。
ブランディングやマーケティングは、顧客中心であるべきです。したがって、顧客のことを考えるのが出発点といえます。カルトブランディングはそれをより明確化したもので、その先にブランドを称賛してくれる「信者」の獲得が待っているのです。オンラインが前提となるポスト・コロナの時代において、カルトブランディングの考え方はより重要になっていくと感じます。
(文・写真=田中森士)
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