採用の際に使用する媒体には「求人広告」「オウンドメディア」「スカウトサービス」などさまざまなものがあります。いずれの媒体を使用するにしても、打ち出すメッセージの差別化は、多くの人が頭を悩ませるポイントです。「業務内容」「給与」「福利厚生」「職場の雰囲気」。これらの要素だけで差別化を図るのは限界があります。差別化のための一つのアイデアとしては、コンテンツマーケティングでもたびたび用いられる「ストーリーテリング」が有効です。今回は、採用とストーリーテリングについて考えていきます。

(ストーリーテリングについてはこちら)ストーリーテリングで信頼を獲得せよ Content Marketing World 2018 レポ(3日目)

ストーリーの力

なぜストーリーテリングはメッセージの差別化に有効なのでしょうか。ストーリーテリングの概要を振り返りながら見ていきます。

ストーリーテリングとは

ストーリーテリングとは「ストーリーを語ること」です。ストーリーを語ったコンテンツのページはほかのページより滞在時間が5倍以上長くなるという指摘もあり、人はストーリーに魅了される傾向があります。

企業にとってのストーリーとは一体何でしょうか。米国のContent Marketing Instituteの記事「Find the Heart of Your Brand Storytelling with These 6 Questions」には以下のようにつづられています。少し長くなりますが、大事な要素なので目を通してみましょう。

A brand story is made up of all that you are and all that you do. From the company’s history, mission, inspiration, goals, audience, and raison d’être, it’s why you exist. Your story is the people, places, and ideas that your company thrives on. It’s the foundation that keeps a brand going and growing. It’s a blend of those vital little core pieces of information about your business — how you came to be, why your products or services are special, what you’re passionate about, your company culture, how you make people’s lives better, and why you would do business with your company.

ブランドストーリーは、企業自身と企業の行動によって構成されている。歴史、ミッション、インスピレーション、ゴール、オーディエンス、存在意義によって、企業は現存している。企業のストーリーとは、企業が成長する上での人々、場所、アイデアのことだ。それはブランドを継続し、成長させていくための基盤となっているものである。「どうやって誕生したのか」「なぜその商品・サービスが特別なのか」「情熱を注いでいるものは何か」「企業の文化とは」「人々の生活をどのように良くしているか」「なぜその企業と一緒にビジネスを行うのか(行う価値があるのか)」など、その企業のビジネスに関して核となる部分をブレンドしたものといえる。

同記事では、企業がストーリーを導き出すために必要な6つの質問についても言及しています。

  1. What’s your reason for being?
  2. What’s your history?
  3. Who are your main characters?
  4. What’s your corporate mission?
  5. How have you failed?
  6. Where are your gaps?
  1. あなたの存在理由は?
  2. あなたの歴史は?
  3. あなたのメインキャラクターは?
  4. 企業のミッションは?
  5. どうやって失敗した?
  6. どこにギャップ(隙間)がある?

1、4については、「どのように人々に貢献しているか」を導き出し、ストーリーを構成していけばよいでしょう。2の歴史についても、ストーリーを導きやすい要素と言えます。3については、記事では「あなたのビジネスに影響を与えた人(実在、架空問わず)や本をストーリーのキャストとして使う」というアイデアです。5、6については「失敗につても隠さない」といった趣旨で説明されています。記事ではgapsについて「予想もしない事業の隙間(失敗)」と表現し、その隙間にこそおもしろいストーリーが詰まっていると述べています。失敗は隠してしまいがちですが、そこから立ち上がっていくストーリーは多くの人の共感を生みます。この要素は採用においても有効といえるでしょう。

採用コンテンツにストーリーテリングが有効な理由

求職者が入社する企業を選ぶ際、「業務内容」「給与」「福利厚生」など短い言葉や数字で比較できるものを基準にしていれば、差別化は容易にできるでしょう。しかし、実態はそうではありません。就職みらい研究所が2019年卒の学生を対象に行った調査では、「就職先を確定する際に決め手となった項目」について「自らの成長が期待できる」がトップでした。続いて「福利厚生(住宅手当等)や手当が充実している」「希望する地域で働ける」「会社や業界の安定性がある」が続きます。

福利厚生や希望勤務地、安定性については、ある程度数字や実績を示すことでアピールできます。しかし、「成長」の基準は人それぞれであり、あいまいな要素です。ここにストーリーを生かせる余地があります。決め手の順位にも表れているように、給与や福利厚生など数字で表しやすい要素を打ち出すことは、採用成功において必要最低限クリアすべき要素です。他社との差別化には、「成長できる環境」をどのようにアピールしていくか考えていくことが重要です。

中途採用においては、就職先の決め手は「前職より給与が上がったから」「経験・スキルが生かせる仕事だと感じたから」「希望の仕事だったから」と、比較的表現しやすい項目が並びます。しかし、採用マーケティングにおいては「転職潜在層」へのアプローチが重視されます。そのためにも、ストーリーの力を活用していくべきです。

(採用マーケティングについてはこちら)採用マーケティングとは? 採用にマーケティング視点を取り入れる方法
(採用ブランディングについてはこちら)採用ブランディングとは? 潜在層にアプローチする方法

同じ業種でも「同じストーリー」はない

求人採用広告媒体をのぞいてみると、業種ごとにカテゴライズして検索できる機能があります。業種のなかには掲載企業数が600を超えるものもあり、余程の差別化に成功しない限り埋もれてしまいます。

そんななかでも「独自性」を打ち出すために、ストーリーは大きな力を発揮します。例えば同じ「建設メーカー」であっても、企業一つ一つに眠っているストーリーはそれぞれ違うためです。「自社のストーリーは何か」。一度立ち止まって考えてみましょう。

採用におけるストーリーを作るポイント

実際に、採用においてストーリーテリングに取り組むためにはどのようなことを行えば良いのでしょうか。いくつか説明していきます。

創業の思い 「何を売っているか」ではなく「何を成し遂げたいか」を語る

一番取り組みやすいのは、創業者の思い、事業への思いを掘り起こすことです。「なぜ創業するに至ったか」「創業時にどんな苦労があったのか」「創業からこれまでどのように歩んできたか」をストーリー化します。

事業について掘り起こす際は「何を売っているか」ではなく「何を成し遂げたいか」といった視点を大切にしましょう。例えば、ポッキーやビスコでおなじみの「江崎グリコ」は「お菓子を売っている会社」と連想しがちですが、ホームページや採用ページでは創業の思いとして「食品を通じて国民の体位向上に貢献したい」と打ち出しています。ここでは詳細は省きますが、この思いに至った創業者のストーリーが詳細に描かれています。ストーリーを活用することで、無味乾燥な企業紹介が人間味のある暖かいものになります。

社員インタビュー

さきほどの創業、事業の思いは会社に焦点を当てたものでしたが、こちらは実際に働く人に焦点を当てたものになります。前章で「成長できる環境」をアピールする重要性を説明しましたが、社員の成長のストーリーを実際に描いたコンテンツを用意することで、求職者は自分に当てはめて考えることができます。「なぜこの会社に入社するに至ったか」「どんなことを成し遂げたいか」「そのために努力していることは何か」「これまでどんな困難があったか」「会社のサポートはあったか」などについて尋ねていく良いでしょう。

プロジェクトを語る

実際に会社で動いていたプロジェクトのストーリーを語ります。このときに必要な目線も「何を成し遂げたいか」といった視点です。「プロジェクトを通してどのように社会に貢献できたのか」という部分を打ち出すことがポイントです。

ストーリーを体験させる

最期に、掘り起こしたストーリーを実際に求職者に体験させます。これは記事や動画で伝えることもできますが、一番良い方法はグループワークなどで追体験させることです。例えば、プロジェクトを題材にグループワークを行い、「この場面でどうするべきか」を求職者に話し合ってもらいます。こうすることで、グループワークを「見極め」の場所とするだけでなく、求職者の企業に対する理解度と志望度を上げる場として活用できます。

採用とストーリーテリングの事例

実際にストーリーテリングを活用したコンテンツについて紹介します。

Microsoft 「MIicrosoft Life」

Microsoft Lifeより

Microsoftの採用オウンドメディア「Microsoft Life」では、同社で働く人々やプロジェクトをストーリー仕立てで記事や動画で伝えています。プロジェクトでは「Microsoftがどのように人々の生活に貢献しているか」といった視点から描かれており、参考になる事例です。

(採用オウンドメディアについてはこちら)採用オウンドメディアとは 事例や成功のポイントを解説

Founders Brewing Co. 「The Story」

Founders Brewing Co. 「The Story」(YouTubeより)

米国のビールメーカー「Founders Brewing Co.」は社員が登場する動画で、ビール作りへの思いを語っています。「The Story」という動画のタイトルにも表れているように、約2分の短い動画の中に同社のストーリーが詰まっています。

ストーリーの力で求職者のエンゲージメントを高める

今回見てきたように、ストーリーには人に思いを訴えかける力があります。求職者のエンゲージメントを高める力が秘められているのです。「コストをかけて広告を出し、大きな母集団を作る」という従来の採用手法は変わりつつあります。「求職者を魅了できるメッセージを打ち出せているか」今一度考えてみましょう。