CSR(企業の社会的責任)やSDGs(持続可能な開発目標)に対する関心度が高まり、今や民間企業が社会貢献を考えることは当たり前となりました。企業が社会課題解決を目指すにあたって、ソーシャルマーケティングが注目を集めています。また、マーケティングが遠い存在だった行政機関の中にも、マーケティングの考え方を取り入れる動きがあります。本稿では、民間企業・公的機関が取り組むべきソーシャルマーケティングの意味や事例について解説していきます。

ソーシャルマーケティングの概要

ソーシャルマーケティングとは、社会全体に利益を生み出すためにマーケティングの手法を用いることを指します。マーケティングは、対象となる人々の態度変容を促していくプロセスをたどります。ソーシャルマーケティングも同様に、ソーシャルグッドのための行動を起こしてもらうべく、対象となる人々の態度変容を促していきます。1960年代に米国で起こった消費者運動(コンシューマリズム、消費者の利益や権利を保護しようとする考え方や活動)を発端に誕生。その後、米国の経営学者であるフィリップ・コトラー氏がソーシャルマーケティングの概念を提唱し、定着しました。

ソーシャルマーケティングには、大きく分けて以下の2つの意味を含んでいます。

  • 民間企業が自分だけの利益だけを追い求めず、社会全体の利益を追求していくこと
  • マーケティングの考え方を民間企業だけでなく、公的機関が取り入れていくこと

従来の企業は、自社の顧客や利益を第一に考えて活動するケースが一般的でした。しかし、CSRやSDGsに対する社会的な注目度が高まる中で、企業にも社会貢献を求める風潮が強まったのです。また、従来から社会インフラの役割を担ってきた公的機関のなかでも、対外向けのアピール力を強化するためにマーケティングの考え方を取り入れようとする動きが見られます。マーケティングの考え方を用いて公的機関の社会的キャンペーンの効果を向上させることは、薬物乱用や児童虐待などの社会的な問題を防ぐために一定の効果があるといえるでしょう。

ソーシャルマーケティングに取り組む上では、社会貢献を実現したとしても企業側へのリターンが不明確になるケースが多いといえます。そこで、社会貢献・企業側へのリターンを両立する考え方としてCRM(cause-related marketing:コーズ・リレーテッド・マーケティング)が注目されています。CRMとは、企業が社会課題のため活動しているNGO(非政府組織)と組み、売上げの一部をNGOに寄付するキャンペーンやプロジェクトを立ち上げることを指します。企業の売り上げに貢献しながら社会貢献を実現し、企業イメージの向上も期待できるため、ソーシャルマーケティングの一つの手法として用いられています。

ソーシャルマーケティングとCSR

CSRとは、企業の社会的責任を指します。顧客や株主だけでなく、社員や地域のコミュニティー、社会全体までもステークホルダー(利害関係者)と捉え、ステークホルダー全体に価値を提供すべきだという考え方です。著しい経済成長期にある社会では、企業は人々に豊かさを提供し、利益を生むことで社会に貢献できていました。しかし、社会が成熟すると、直接的に社会課題に取り組むことが企業にも求められるようになります。

CSRは企業の経営判断にも影響を与えています、法令順守はもちろん、製品やサービスの安全性や環境保護、人権の尊重など、経営において社会に悪影響をもたらさないか考慮しなければなりません。

CSRは2000年代前半から日本で注目を受けるようになりましたが、ソーシャルマーケティングはCSRの一部に含むといえるでしょう。

ソーシャルマーケティングのメリット

ソーシャルマーケティングに取り組むメリットについて見ていきましょう。

ミッションの実現に近づく可能性

当然ですが、企業は世の中を良くするために存在しています。ミッションも、そのために存在しているはずです。ソーシャルマーケティングに取り組むことで、ミッション実現に近づく可能性があります。つまり、営利活動を通して世の中を良くしていくことと同時に、ペルソナにソーシャルグッドのための行動を起こしてもらうことで、企業のミッション実現に近づけられるかもしれないのです。事実、パタゴニアをはじめ、欧州企業を中心に、ソーシャルマーケティングに近い活動を行なっている例は枚挙にいとまがありません。

他社との差別化

ソーシャルマーケティングは社会が成熟していく過程で生まれました。経済成長を果たした社会の商品やサービスはコモディティー化に陥りやすく、あらゆる企業が価格競争に苦しむこととなります。

しかし、ソーシャルマーケティングに取り組むことで、新たな需要に応えられる可能性があります。「社会に貢献できる商品やサービスを利用したい」という層に向けてソーシャルマーケティングを展開することで、他社との差別化が実現できるでしょう。

従業員エンゲージメントの向上

企業がソーシャルマーケティングに取り組むことで、「社会に貢献している」という思いを従業員が感じやすくなります。自身が働いている企業に誇りを持つことになり、従業員エンゲージメントが向上するでしょう。

資金調達に良い効果が生まれる

近年、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を重視する企業に投資をするESG投資が注目を集めています。欧州ではもはや当たり前の概念です。ソーシャルマーケティングに取り組み、対外的に社会貢献をアピールすることで、資金調達に良い効果が生まれる可能性があります。

ソーシャルマーケティングの事例

ソーシャルマーケティングの事例についてご紹介します。

ユニクロ

甚大な災害が起こった際に、ユニクロは世界中のネットワークを活用して復興支援を実施しています。東日本大震災の際には33億円相当の支援を行っただけでなく、翌年に「復興応援プロジェクト」を実施。NGO支援や被災地域への出店を進めました。2013年の中国四川地震、2018年の台湾東部地震など、支援の輪を世界中に広げています。

アメリカン・エクスプレス

クレジットカードブランドの一つであるアメリカン・エクスプレスは1983年、「自由の女神修復キャンペーン」を実施しました。キャンペーンの内容は、クレジットカード1回の利用につき、1セントの修復費が寄付されるというもの。キャンペーンは人々の関心を呼び、寄付が集まるだけでなく、新規のカード申込者や利用額が実施前と比べて増えたといいます。前述のCRMの代表的な例といえるでしょう。

パタゴニア

ウォーン・ウェア専用のインスタグラムアカウントの投稿(ウォーン・ウェアの公式Instagramより)

米国のアウトドア衣料品ブランドのパタゴニアは、「ウォーン・ウェア」というプロジェクトを進めています。内容は、同社の古着を自社からユーザーから買い取り、販売するというもの。同社の古着を店舗に持参、または郵送することで、店頭で使用できるギフトカードを受け取れます。

同社の日本版サイトによると、プロジェクトの背景にある理念は「環境保護」。同社CEOのローズ・マーカリオ氏は「修理は急進的な行為」として、取り組みに込めた思いを綴っています。プロジェクト専用のインスタグラムアカウントでは、同社のウェアを着用した際のユーザーのストーリーが語られています。ウェアに関する愛着を強調することで、人々の共感を呼び込んでいます。

実態の伴ったマーケティングを

ソーシャルマーケティングは企業イメージを向上させる効果がありますが、実態の伴っていないPRは、逆に企業イメージを失墜させる恐れがあります。SDGsに取り組んでいるように見せかけて、実際には実施していない「SDGsウォッシュ」が批判されるように、実態の伴っていないソーシャルマーケティングにも厳しい目が向けられるでしょう。ソーシャルマーケティングに取り組む際は本当に自社で実施できる内容になっているか、しっかりと見極めましょう。