さまざまなマーケティングテクノロジーツールの組みあわせを意味する「マーケティングスタック(Marketing Stack)」。日本ではまだなじみが薄いが、マーケティング戦略にもとづいてツールをブロックのように積み重ねていく概念で、米国では常識となりつつある。筆者は2019年4月、スタックやツールに特化したカンファレンス「Martech」に参加し、スタックの潮流を学んだ。これについては以前クマベイスブログで執筆した通りである。そして今回のContent Marketing World(CMWorld)2019においても、コンテンツマーケティング文脈でのスタックに興味があったことから、スタック関連セッションを聴講した。

「コスト」を理由に上司は突っぱねる

CMWorldは、どちらかといえばコンテンツマーケティングの「考え方」を学ぶ場だ。コンテンツによる課題解決のアプローチを学ぶ場、とも言い換えられる。したがって、テクノロジー関連のセッションは極めて数が少ない。なお、CMWorldを主催するContent Marketing Institute が手がけるもう一つのカンファレンス「ContentTECH Summit」においては、テクノロジー観点でのコンテンツマーケティングが議論される。筆者は2018年、その前身である「Intelligence Content Conference(ICC)」に参加した。ご興味のあられる方はそちらのレポートもご覧いただけたらと思う。

CMWorld2019における数少ないスタック関連セッション。その一つが、米国を拠点とする世界最大級の総合産業用機器メーカー「イートン」内でコンテンツマーケティングチームの構築を担当している、同社ディレクターのZari Venhaus氏によるものだった。同氏は、社内で新たにツールを導入しようとする際、上司をどう説得すべきかをプレゼンテーマに選んだ。

イートンは、10万人もの従業員を抱え、175カ国以上でビジネスを展開するメガ企業。そのコンテンツマーケティングチームの構築ともなれば、ツールの活用は避けられない。なぜならマネジメントやオペレーションに膨大な時間コストが必要だからだ。しかしながら、「コスト」を理由に声の大きい上司はそれを突っぱねようとする。では、どうすべきか。

Venhaus氏は、「テクノロジーのないマーケティングは、もはや全くマーケティングではない」と強調。顧客や見込み顧客を理解することができ、プロセスの自動化や時間コスト削減が実現でき、データ重視のアプローチが可能となるとした上で、「テクノロジーの利用こそがカスタマーセントリックなマーケティングだ」と訴えた。

ツールの有用性を説明するだけでは、現実主義な上司の説得は難しい。ツール導入のためには、上司に対して理由を説明し、期待できる効果を証明しなければならないのだ。そこでVenhaus氏は、上司を説得するためのワークフローを開発した。

上司へのプレゼンにはこれだけの準備が必要だ

まず、(1)マーケティングプロセスを可視化する。そして(2)そのマップ上のどこにビジネスチャンスがあるのかをはっきりさせる。(3)上司に対し、ツールによる「期待できる効果」を可視化して見せる。最後に、(4)コスト面の価値を定量化する。

(1)については、プロセスごとに導入可能性のある、もしくは導入すべきツールを落とし込んでいく。それにより、ツールの目的が明確となる。

(2)については、プロセスのどこにどういったツールを入れることにより、会社にどういったメリット(チャンス)が生まれるのかを明らかにする。この部分は調査会社やツールベンダーが発表するレポートやアンケート調査などを引用するといいだろう(オペレーションに無駄なコストがかかっている、オペレーション改善に投資すればコストが削減できる、といったざっくりとした粒度で構わない)。

(3)については、より具体的な話となる。自社に導入した場合、例えば具体的にどれだけの時間が削減できるのかを、図で可視化して見せるのがよい。Venhaus氏はビフォーアフターで可視化することを推奨していた。ツールベンダーのサービスサイトを参考にして自ら計算してもよいし、ツールベンダーによっては相談すれば計算を手伝ってくれるところもあるだろう。

(4)については、生み出せるベネフィットと、削減が期待できるコスト、そしてかかったコストを表にする。

プロセスと課題の明確化がカギ

ツール導入への理解が得がたいという点は、日本だけだと思っていた。しかしながら、比較的ツールへの理解がある米国であっても、これだけの説得材料が必要だということは、少々驚きだ。

ポイントは、定量化とプロセスの可視化。日本においては、「同業他社が使っているから」との理由でツール導入を考える担当者は多い。そして、上司にプレゼンする際もこの点を強く伝える。もちろん、上司も他社が使っているかどうかは重視する。とはいえ、やはり最後はコスト計算がものをいう。この視点が日本は少々欠けているのではないか。また、プロセスについて可視化した上でどの部分がツールによって効率化できるのかについても、そもそもそういう発想が日本にはないように思う。そしてこの部分こそスタックの肝となる視点なのだ。

ツールは「銀の弾丸」ではない。巷で話題のツールに飛びつくのではなく、自らのプロセスや課題を明確にした上で、それを解決するために効果が期待できる最小限のツールを入れる。これこそがスタック構築に求められるのだろう。手段と目的が入れ替わりがちな日本のマーケティング業界。Venhaus氏のプレゼンは、今の日本に最も必要な考え方の一つだと痛感した。

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